魔法のクリエイターと言われる理由、お教えします

人は知る。人は感じる。創作で。

【小説】不香の牡丹(ふきょうのぼたん)

11月に入ると、街のあちこちにクリスマスツリーを飾り始めた。サンタクロースは、世界各地に飛び本格的に活動を始める季節である。若いヴォリアラ・パクスロは、日本の子どもたちに夢を与えるために現れた。観光地や都市部のデパートで引っ張りだこの「本物」を、子どもたちは様々な思いで見ていた。サンタ服を身にまとい、プレゼントを渡す。記念写真を撮って握手やハグを求められる。極寒の雪深いフィンランドからやってきたパクスロは、優しい思い出を配るために日夜活動していたのだが ───

 

 朝夕の冷え込みが厳しくなるころ、街のあちこちがクリスマスに彩られる。

 緑の|樅木《もみのき》を模したツリーは、一説には永遠の命を象徴した神聖な木と言われている。

 キラキラとした金属質の球体や星、雪を被った家などを飾ると、緑とのコントラストで金銀と赤、そして白い雪が映える。

 LEDのイルミネーションが彩りを添え、気分を高めてくれる。

 子どもたちは、ツリーに駆け寄り写真を撮り、今年のプレゼントの話に花を咲かせていた。

 家族連れがデパートの前に来て、ショーウインドウのトナカイとツリーに目を留めた。

「もう、こんな季節ね」

「寒くなるわけだな」

 誰もが目を奪われる、華やかなクリスマス。

 そして、クリスマスソングが気分を高めてくれる。

 そんな、笑顔と話し声に満たされた、輝く街を独りで歩く子どもがいた。

 行き交う人が途絶えた瞬間を狙っていたのか、勢いよく入口に近づいてきた。

「綺麗だなあ」

 少年は、大人の背丈の半分ほどしかなかったが、精一杯伸びをしてショーウインドウを覗き込む。

 目を輝かせ、チョロチョロと走り回ってはしゃいでいた。

「あら、かわいい|坊《ぼっ》ちゃん。

 パパとママは」

 若い娘が身をかがめて声をかけた。

 グレイの瞳に、輝く金髪をなびかせてスラリと背が高い。

「うわあ、サンタさんだ」

 彼女は赤いサンタスーツを着こなしていた。

 胸元とスカートに白いファーがあしらわれている。

 均整の取れた、しなやかな身体にフィットして、道行く人がこちらを見ていくのがわかった。

「お姉さんはね、サンタガールよ」

 少年の顔がパッと明るくなった。

「そうだね、お姉さんだもんね」

 6歳とは思えないほど、しっかりとした受け答えだった。

 痩せた身体に擦り切れた服。

 エルマは違和感と同時に、哀れみを感じた。

「もしかして、独りで来たのかな。

 小さいのに、偉いね」

「うん。

 僕のパパとママは、死んじゃったんだよ」

 明るく答えた。

 あまりのことに、エルマは両手で口を押え、目を見開いた。

「ごめんなさい。

 お姉さん、知らなくって。

 プレゼントをあげるね。

 一緒にきて」

 少年の手を取り、デパートの中へと消えていった。

 

 アパートを改造した児童養護施設「アニティホーム」で暮らす|折島 祐樹《おりしま ゆうき》は、落ち着きがあってよく笑う子どもである。

 同室の4人と一緒に、リビングへ食事を摂りに行くところだった。

「さあ、お腹が空いたでしょう」

 職員のおばさんが、ご飯をよそってくれた。

 子どもたちは、ワイワイ騒ぎながら食卓に運んで行く。

 白くて大きな長机を部屋の中央に設え、カウンターキッチンから自分のランチョンマットに乗せていくのである。

 ご飯と味噌汁、そして焼き魚。

 |贅沢《ぜいたく》はできないが、生きていくために最低限必要な物は与えられていた。

 スマートフォンも、持っているからゲームもできるし調べ物もできる。

 一日のスケジュールは、きちんと決められて、たくさんの決まりごとがある。

 これも集団生活のために必要なことだった。

 親に暴力を振るわれたり、捨てられたりした子どももいる。

 そんな子どもたちにとっては、このホームが安息を与えた。

「ゆうちゃん、マジカルバナナしよう」

「うん、ご飯食べたらね」

 小さい幼児はおばさんにだっこをせがんで、足元にまとわりつく。

 ベビーチェアで、|涎《よだれ》かけをして手づかみ食いする子もいるし、ミルクを飲む赤ん坊もいる。

 みんな兄弟のように、助け合いながら暮らしていた。

 同室のかんちゃんが、魚を半分皿によこした。

「僕、食べたくないんだ。

 半分食べてよ」

 痩せた身体で、いつも青い顔をしている。

 かんちゃんは親から暴力を受けていた。

 食事もろくに与えられず、衰弱していたところを保護されて来たのだ。

 子どもは親を選べない。

 育児放棄された子どもも少なくない。

 祐樹の心には、小さな火が灯っていた。

 将来は、悲しい思いをする子どもを救う仕事がしたい。

 無邪気に笑う仲間たちを見て思うのだった。

 

 フィンランドのサンタ村でも、本格的な冷え込みが始まった。

 こちらはマイナス数十℃になるほどである。

 木々には雪が貼り付き、風花が舞う。

 コートのような起毛のサンタスーツは、見た目以上に暖かい。

 今年も若いサンタたちがプレゼントを用意するため忙しく出入りしていた。

「パクスロ、今年はどこへ行くんだ」

 白いひげを蓄えた、先輩サンタが尋ねた。

「日本です。

 これから下見を兼ねて、ファンサービスに行ってきますよ」

「そうか、ご苦労さんだな。

 確か、新入りを連れて行くんだっけ」

「そうです。

 ラウティオさんのとこの、エルマちゃんを連れて行けと言われてます」

 女のサンタクロースも年々増えてきた。

 サンタガールを地でいくエルマは、どこへ行っても注目の的である。

 彼女は|橇《そり》にトナカイを|繋《つな》いているところだった。

 オンラインでゲーム機やぬいぐるみを予約して、伝票をまとめていたパクスロは、真っ赤なファイルに閉じ込んで書類棚に差し込んだ。

 外は真っ白な雪に覆われ、風も強いようである。

 手首に取り付けた機械を確かめ、ボタンを押す。

 光と共に彼は消え、橇の上に現れた。

「私も早くパルムを使ってみたいな」

 パクスロの手首を指さして、エルマが目を輝かせた。

 顔をくしゃくしゃにしてパクスロが笑うと、彼女も橇に乗り込む。

「さあて、楽しい旅の始まりだ。

 トナカイさんたち、日本まで頼むよ」

 空高く舞い上がると、ひときわ大きな光を放って彼らの姿が|掠《かす》れて消えていった。

 デパートの裏手に降りると、2人はトナカイを帰して歩きだした。

 クリスマスイブの夜に、プレゼントを効率よく届けるために現地の人たちの暮らしを知っておく必要があった。

 サンタクロースは世界で最も有名な非営利事業である。

 日本には|煙突《えんとつ》のある家などないから、最新技術を駆使して屋内に移動し、騒ぎを起こさないように戻らなくてはならない。

 パクスロの手首に取り付けた機器こそが「時空間物質転送装置」であり、パルスビームと呼ばれ、通称「パルム」と言うのである。

4

 

 デパートの8階にある、イベントスペースに「フィンランドからやってきたサンタと記念写真を撮ろう」と大きな看板が出ていた。

 白いふわふわした椅子に腰かけたパクスロと、母子がカメラマンに笑顔を向けていた。

 パクスロなどは、口角を無理やり広げて目をまん丸にして輝かせ、すっかり板についたものだった。

 つられて子どもも大口を開け、目を皿のようにして顔を|瀞《とろ》かせた。

 幸せいっぱいなムードが、エルマのサンタクロースとしてのプロ意識に火をつけた。

「ゆうちゃん、サンタはね、人を幸せにするためにいるのよ。

 サンタに会ったら、子どもは幸せになるの」

「うん」

 予約客の合間に、パクスロとエルマは祐樹を間に座らせて、陽気にポーズを取った。

 はにかみながらも、2人の勢いに乗せられたようだった。

 それから、ホームでの暮らしや学校出の話などが、口を突いて次々に出たのだった。

「僕、将来サンタクロースになれるかな」

 頬骨の辺りをポリポリと掻いたパクスロは、床に目を落とした。

「きっとなれるよ。

 サンタ村にもおいでよ」

 小さなプレゼントを手渡すと、白い歯をこぼして手を振りながら走って行った。

「ありがとう、エルマお姉ちゃん、パクスロさん」

 祐樹の姿がエレベーターホールへ消えると、

「ねえ、何を考えたの」

 エルマは少し暗い顔を見せた。

「サンタの世界も、厳しいものだからさ」

「まあね。

 テロの現場を押さえたり、強盗を捕まえることもあったね」

「それもあるけど、冬の夜空を飛ぶだけでも本当は命がけだ。

 笑って自分を殺せる奴だけが、本物になれるんだ」

「真面目に考えすぎじゃないかしら」

 耳に「Silent night」の静かな|調《しらべ》が響いた。

「ゆうちゃんだって、ギリギリの人生を生きているはずだ。

 決して軽はずみに夢を語ったりしていない。

 親なしで、あんなに明るく振舞う強さがあれば、きっと良いサンタになる」

「だったらそう言えばいいのに」

 パクスロは黙っていた。

 華やかな赤と白のサンタスーツと、緑のツリー。

 底抜けに明るいだけに、影も濃い。

 世の中は、決して光だけで成り立っているわけではないのだ。

 児童養護施設で暮らす子どもが、何も知らないはずはなかった。

 

 夕食を済ませると、祐樹はシャワーを済ませた。。

 4つあるシャワー室を順番に使い、終わったら次の人へ連絡する。

 同部屋の身体が大きいかんちゃんは、些細な音にもびっくりしてしまう繊細な心の持ち主である。

 小さな|箪笥《たんす》から着替えを取り出して、ゆっくりとたたみ直す。

 4隅をきっちりと合わせないと気が済まない様子で、折り紙のように正確に折り目をつけていた。

 奥にある柱にもたれて足を投げ出した祐樹は、スマホを取り出してゲームを始めた。

 9時までの自由時間を、大抵床に座って遊んでいる。

 布団は寝るとき以外に出してはいけないことになっているので、硬い床でお尻が痛くなってくる。

 でも束の間の自由時間を一秒でも無駄にしたくなかった。

 しばらくゲームに没頭していると、青い顔をしたかんちゃんが戻ってきた。

「どうかしたの」

 声をかけるが俯いたまま反応がない。

 ときどき気分が下がってくると塞ぎ込むので、今日もそれだと思った。

「僕、死にたい」

 顔を上げると、机の引き出しを探っていた。

 刃物を取り上げられているので、すぐに危険があるわけではないが祐樹

は飛び起きるようにして部屋を出た。

 リビングで職員のおばさんが片付けものをしていた。

「あの、かんちゃんが」

 ぼそぼそと声を絞りながら、手首を切る動作をして見せた。

「死にたいって」

 おばさんは部屋に駆け込んで、かんちゃんを引っ張ってきた。

 ネガティブな感情が祐樹の心にも流れ込み、いくらか|憂鬱《ゆううつ》になった。

 深刻な顔を向けていた祐樹に、おばさんが笑顔を作って見せる。

「おやまあ、ゆうちゃんも悲しくなっちゃったかな。

 かんちゃんのことは任せておいて。

 さあ、部屋に戻っておいで」

 やさしく背中を押され、部屋のドアをパタンと閉めた。

 一つ大きなため息をついて、かんちゃんの机の引き出しを閉めるとまたスマホを手に取った。

 今夜は月が明るく照らしている。

 窓の外に、茂みがぼんやりと浮かび上がっていた。

 

 たくさん仕入れたプレゼントを橇に乗せ、エルマはトナカイに言った。

「さあ、トナカイさんたち。

 サンタ村に帰るよ」

 つぶらな目を向けていたトナカイが、寒風を切り裂き上空へと舞う。

 |麓《ふもと》のコンビニに預けていた荷物は、山盛りになっていた。

 白い袋に詰められ、鈴の音を響かせて空を横切るシルエットが山を目指して進んで行く。

 そして|綺羅星《きらぼし》の一つになったかのように、小さくなっていった。

「夢を持つのは、子どもの特権だよね。

 うふふ、トナカイさんもそう思うでしょ」

 脳裏に日本で出会った悲しい子どもの姿が浮かんだ。

 フィンランドよりずっと温和な日本でも、恵まれない子どもたちはいる。

 そんな子どもたちにこそ、サンタクロースの夢を見せてあげたい。

 このプレゼントは、児童養護施設のようなところで配られるべきだ。

 心が、どうしようもなく苦しくなって身もだえし始めた。

 すると、トナカイの内の一頭が振り返り、エルマの手を|舐《な》めた。

 頬を涙が伝い、視界が霞んでいく。

 サラサラの雪が身体にも、橇にも積もり、寒さに心が震えた。

「日本へ、行ってもいいかな ───」

 突然、視界が真っ白な光に包まれた。

 着いた先は、古いアパートだった。

 外階段の脇に「アニティホーム」という白い看板が出ている。

 看板だけ妙に|綺麗《きれい》な白地に黒で書いてあるので、遠くからでもはっきり見えた。

 木造の2階建ての建物は、ところどころ塗装が|剥《は》げて、腐食した木材や|錆《さ》びた鉄が露出している。

 幸いにも、通りに人影はなかった。

 プレゼントの袋を一つ|掴《つか》み、地面に降りたエルマは玄関のインターホンを押した。

「あの、私はサンタガールです。

 そちらの祐樹くんや、他の子どもたちにプレゼントを届けに来ました」

 インターホン越しに告げると、相手は沈黙していた。

 しばらくして返って来たのは、

「すみませんが、お引き取りください」

 という素っ気ない言葉だった。

 インターホンのスイッチか切られ、静寂が戻ってきた。

 チラチラと、|牡丹雪《ぼたゆき》がトナカイの頭と背中にくっついて、湿らせていった。

 大きな白い牡丹が舞う空は、どこまでも高く、虚しく抜けていく。

 アパーtの屋根には、うっすらと白い|塊《かたまり》がまだらに積もり始めた。

 

 一面銀世界のサンタ村では、エルマを心配して空を見上げるパクスロの姿があった。

 そろそろ着く頃だが、細かいチリのような粉雪が夜空に舞うばかりである。

「大丈夫かな」

 ボソリとつぶやくと、大きな|髭《ひげ》を|蓄《たくわ》えた大先輩のサンタが肩を叩いた。

「おまえさん、トナカイは賢い動物じゃ。

 きっと任務を|全《まっと》うして帰ってくるから、心配いらんぞ」

 空に目をやったままのパクスロの心は晴れなかった。

 その時、はるか上空に一等星のように光る物体を認めた。

 外へ飛び出すと、橇のシルエットがしだいに大きくなり、吹雪を物ともせずに近づいてきた。

 納屋に付けた橇に駆け寄り、

「ご苦労さんだったね。

 何か ───」

 言いかけてトナカイの眼を見た。

 パクスロと目を合わせようとしない。

 吹雪が激しさを増し、顔の半分に雪が貼り付いた。

「グズグズしていると危険だ。

 早くやることをやろう」

 エルマの眼は潤み、赤いようだった。

 プレゼントを倉庫へしまうと、数を確認した。

 だが、パクスロは何も言わなかった。

「ほら、スープを飲んで」

 エルマの分と、自分のスープをオウシュウアカマツ製のテーブルに乗せた。

 木目が真っ直ぐに走っているのが特徴である。

 整った縞模様の上にスープのベージュが鮮やかにひき立ち、モクモクと湯気を立てる。

 硬い表情をいくぶん和らげて、スプーンを取ったエルマはスープを口に運んだ。

「どうだい、腹に染み渡るだろう。

 働いた後のスープは格別だな」

 目を細めて笑いかけたパクスロの顔をジッと見て、手を止めた。

「私 ───」

 泣き出しそうなエルマを制して、

「いいんだ。

 プレゼントを落っことしただけだ。

 また注文しておくよ」

 何かを言おうとしたが、目を伏せてスープをまた口に運んだ。

 嬉しいこと、楽しいことを運ぶはずのサンタは、たくさんの犠牲を払っているのだと思い知った。

 決して香ることがない雪を身体に受けて飛び、子どもたちの笑顔だけを目指して突き進むのだ。

 パルムを使えない半人前に、まともな仕事ができるはずもなかった。

 打ちひしがれた表情のエルマを、パクスロは笑顔で許したのだった。

 

 拾得物として交番に届けたプレゼントが戻ってきた。

 すっかりクリスマスを過ぎてしまったが、子どもたちは大はしゃぎである。

 新しいゲーム機をテレビに|繋《つな》いで、ゲームを始める子、お喋りをする人形に話しかけて笑う子。

 ホームが一変して賑わいに包まれた。

「ねえ、僕にもやらせて」

 かんちゃんが目を輝かせてコントローラーを手に取った。

「インターホンで、若い女の人の声がして祐樹くんの名前を言っていたのだけど ───」

 おばさんが祐樹の前にしゃがみ、優しく肩を|掴《つか》んた。

「もしかしたら、エルマお姉ちゃんかも知れない」

 祐樹は爪を|噛《か》んだ。

「サンタガールですって言ってたんだよね」

「間違いないよ」

 ポンと頭に軽く手を置いて、おばさんが言った。

「そうかい。

 知ってる人だったんだね」

 ゲーム機を持った祐樹は、夢中になって遊び始めた。

 窓が少ないこの建物には、影が多い。

 だが、サンタがプレゼントしてくれたお陰で、出不精な子どもたちの目に光が灯り、輝きを放つ。

「僕ね、大きくなったらサンタクロースになりたいな」

 祐樹の|双眸《そうぼう》ははるか遠くを見ていた。

「そうかい。

 じゃあ、ホームに来る子どもたちが喜ぶだろうねえ」

 キッチンで昼食を用意し始めたおばさんが、今日は特別に自由時間を増やしてくれた。

 いつも青白い顔をしていたかんちゃんも、顔に血の気が差して希望に輝く眼を取り戻していた。

「じゃあ、ぼくもサンタクロースになろうかな」

「僕も」

「私も」

 そんな声が笑顔とともに巻き起こったのだった。

 

「エルマ宛ての手紙がきてたぞ」

 パンパンに膨らんだクラフト封筒には、日本の住所が書かれていた。

 差出人は、|折島 祐樹《おりしま ゆうき》とあった。

 木製のペーパーナイフで、丁寧に封を切ると手紙を読み始める。

「エルマお姉ちゃんへ

 プレゼントをありがとう。

 ホームのみんなと一緒に、楽しく遊んでいます。

 すぐに死にたくなるかんちゃんも、テレビゲームに夢中です。

 隣りの部屋の泣き虫な、まゆちゃんは猫のロボットに笑いながらいつも話しかけています。

 よっちゃんは、ブロックで不思議な家をたくさん作りました。

 みんな、サンタガールのエルマお姉ちゃんに感謝しています。

 そして、みんなでサンタクロースになりたいねって話しました。

 ありがとう。

 また会えるよね。

                 おりしま ゆうきより」

 大人に手伝ってもらったのだろう。

 それにしてもしっかりとした字で感謝の気持ちを|綴《つづ》っていた。

 ホームで生活する、他の子どもたちからの手紙もたくさん添えられ、折り紙で雪の結晶を作って貼り付けてあった。

 エルマは、たまらなく胸を熱くして、手紙をぎゅっと抱きしめた。

「気持ちは、届いていたね」

 パクスロが手紙を覗き込んだ。

 そしてまた、顔をくしゃくしゃにして笑うのだった。

 

 20年後 ───

 日本中から寄せられる、サンタ宛ての手紙を一枚一枚ペーパーナイフで開き、返事を書く団体があった。

 社長の祐樹は、児童養護施設を回りプレゼントを配ったり、一緒に遊んだりして元気づける活動を続けている。

 幼い頃から同じ夢を描いた社員のほとんどが、アニティホーム出身だった。

 かんちゃんは、持ち前の体力で、精力的に全国を飛び回り、子どもたちと一緒に楽器を演奏したり歌ったりしていた。

 まゆちゃんはクリスマスリースの講座を開いて、子どもたちと一緒にキラキラしたリースを飾る。

 よっちゃんは、子どもたちにプレゼントを配る活動を続けていた。

 アニティホームのチャイムが鳴る。

 返事をしたおばさんがインターホン越しに、

「サンタクロースです。

 プレゼントを届けに来ました」

 という声を聴いた。

 迷わずドアを開けると、祐樹が白い大きな袋を抱えて玄関に入る。

「わあっ」

 と子どもたちが顔いっぱいに喜びを浮かべて走り寄る。

 顔をくしゃくしゃにして笑った祐樹は、

「メリー・クリスマス」

 と言って子どもたちに分け与えるのだった。

 外は、牡丹雪が積もり始めていた。

 雪がホームの暖かい光に照らされて、まるで花のように舞う夜のことであった。

 

 

この物語はフィクションです

【プロット】桜の魔法と約束の花

 春の訪れと共に、小さな村の住人たちはお花見の準備を始めていた。

 村の中心には美しい大きな桜の木が枝を広げている。

 その花は鮮やかなピンク色に咲き誇っていた。

 少女リリアンは、花見の日に特別な魔法を使うことを夢見ていた。

 彼女は魔法の種子を探し求め、森の奥深くへと足を踏み入れた。

 森の中でリリアンは、神秘的な花を見つけた。

 その花はなんと透明な花びらを広げ、中心には宝石が輝いていた。

 それが夢に見た魔法の種子だとリリアンは確信した。

「この花は約束の花だ。人々の願いを叶える力を持っている」

 と、村の長老が教えてくれた。

 リリアンは花見の日に、約束の花の魔法を使って、村人たちの願いを叶える決意をした。

 花見の日がやってきた。

 リリアンは約束の花を持ち、村の中心に集まった人々に向かって話した。

「この花の魔法で、あなたたちの願いを叶えます」

 きっぱりと言い切るリリアンを見て、村の人たちも透明な桜の神秘の虜になっていく。

 人々は願いを込めて花を見つめ、心からの願いを述べた。

 すると、花は輝き始め、空に美しい花びらが舞い上がる。

 村人たちは驚きと感動の渦に包まれた。

 願いが叶った瞬間、桜の木が一斉に花を咲かせ、空には美しい花びらが舞い散った。

 リリアンは笑顔で、人々の願いを叶えたことを喜んだ。

 約束の花の魔法は、人々の心を温かくし、村を幸せで満たした。

 リリアンは約束の花を大切に育て、次の春にも花見の日に人々の願いを叶えた。

 村は桜の魔法で繁栄し、人々は幸せな日々を過ごした。

 そして、約束の花は村の宝となり、代々受け継がれていった。

【プロット】「ウソの輪舞曲」

 ある日、小さな町で、ひとつのウソが語られた。

 些細なことから始まるが、口コミや噂の力で、そのウソは大きな騒動に 発展していく。

 最初は誰もそのウソを信じなかった。

 だが次第に人々はそのウソを鵜呑みにし、それぞれが自分なりの解釈を加えて広めていく。

 そして、大きな波紋を広げ、町は騒然となった。

 男は町の中心に立ち、ウソの真相を明らかにしようと奮闘する。

 しかし、そのウソは既に人々の心に深く根付いており、真実を受け入れる準備ができていなかった。

 孤立した男は、信頼を失い、絶望に打ちひしがれる。

 しかし、その混乱の中で、真実が次第に明らかになり始めるのだった。

 人々は自分たちが信じてきたものがウソだったと知り、衝撃を受ける。

 そしてウソが真実になり、人々は自らの誤解や偏見に気付く。

 そして、その経験を通じて、彼らは新たな理解と絆を築いていく。

 ウソが生んだ騒動は、人々に真実と自己成長の機会を与え、町はより強く結束することになったのである。

【プロット】「バーチャル・ソウル」

 ある日、バーチャル世界の人々から、突如として自分たちのメールボックスに不思議なメールが届いた。

 差出人は、亡くなったはずの人々だった。

 彼らのメッセージは、生者に励ましの言葉を贈るものだった。

 それがなぜ亡くなったはずの人々から届くのか、誰もが困惑していた。

 主人公は、この謎めいたメールに興味を抱き、その背後に隠された真実を探り始める。

 バーチャル世界を駆け巡りながら、次々と現れるメールの謎を解き明かしていく。

 やがて、死者のメールがバーチャル世界にウソを広めていたことを知った。

 しかし、それはただのウソではなかった。

 死者たちは、生者に対する思いやりと励ましの気持ちを込めて、バーチャル世界を通じてメッセージを送っていた。

 主人公は、死者たちの意図を理解した。

 メールを通じて生者たちに希望と勇気を与えることを決意する。

 彼はバーチャル世界の人々に真実を告げ、死者のメールが本当に死者からのものであると知らしめる。

 生者たちはそのメールを受け取り、励ましの言葉に心を打たれた。

 彼らは、亡くなった人々からのメッセージを受け取り、生きる希望を抱くようになるのだった。

 ウソから始まった物語は、真実の愛と絆によって締めくくられた。

【小説】星降る夜の、ののもん

 

 裏山の丘の上。

 海を見渡す高台に、|檀 将《だん まさし》は今日も立っていた。

 拳を握りしめ、大地に足をめり込ませ、眼で星を射抜く。

 最近は、毎晩こうして夜空を見上げるのが習慣になっていた。

 目線が、いつも遥か彼方を見ている。

 そう、人生の終着点を。

 行く末は、死だろうか。

 だとすれば、自分はもう死んでいる。

 だれにも聞けない問いを、星に問う。

 星降る夜、とは良く言ったものである。

 空一杯に|星屑《ほしくず》がちりばめられている。

 今夜はまるで光のシャワーを浴びているかのようだ。

 遠くの海原は、空との境界線をくっきりと描いていた。

 何も成さずには死ねない。

 だが星空に手を伸ばしても、決して届かない。

 近い星でも500光年。

 約5000兆キロメートル離れている。

 想像力の及ばない単位である。

 もちろん月なら現実的な距離だ。

 だからと言って自分が行けるとは思えない。

 夢とは、そういうものだ。

 どんな夢でも、信じれば叶うなんて、アイドルやアニメのキャラクターが言ってたっけ。

 本当に、叶ったら|嬉《うれ》しいのかな。

 道端に座り込んだ。

 見れば見るほど、自分が小さく感じる。

 夜が更けてきて、眠気が差した。

 遠くで犬の鳴き声が聞こえた ───

 

 少し、うとうとしてしまったのか、壇は地面に手を突いて起き上がろうとした。

 手元が、ほのかに光を放っていた。

 足元にガラスのような輝石が転がっていて、星の光を透かしたり、反射したりしているのだ。

 立ち上がると、透明な地面を踏みしめて歩きだした。

「ここは ───」

 見たことのない風景が広がる。

 空には花束を解き放ったように、無数の星々がさんざめく。

 |人気《ひとけ》のない場所なので、ゆっくりと視線を巡らせることができた。

「綺麗だ ───」

 さらに歩いて行くと、ひらひらと地面から沸き立つように鳥が横切っていく。

 次から次へと白くて薄い物が空へと舞い上がるのだった。

 遠くて良く見えなかったが、大量の白い鳥が星屑に溶け込んでいった。

 平らな岩場が広がっていたはずが、いつの間にか右にも、左にも切り立った岩山がそそり立っていた。

 そこには、やはりガラスのように透き通った岩がキラキラと星の明かりを写していた。

 空の果てには、黄色い地平線が薄いグラデーションで空のキャンパスの境目を明るくしている。

 夕暮れと言うよりも、何かが登ってくる前触れのように感じられた。

 先ほどから空へと吸い込まれていく、白くて軽い物体が星の数を増やしていく。

 地面はますます明るくなり、薄ぼんやりと空を青くした。

 壇は少し休もうと、傍らの岩を見回した。

 |膝丈《ひざたけ》ほどの岩に腰かけると手足を伸ばしてから、もう一度空を見上げる。

 ふう、と息を吐き出すと手の平を返してじっと見つめた。

 何も持っていないから、そろそろ腹が空くのではないだろうか。

 だが、不思議と満たされた気持ちだった。

 次第に足に力が|漲《みなぎ》ってくると、頭から地面を覗き込むように身をかがめ、足先に力を込めて立ち上がる。

 眩しいほどの空は、優しく壇の身体を包んでいた。

 

 オーダースーツを着てデスクに向かう壇は、机に重ねた本を読みあさっていた。

 まだ駆け出しの司法書士として、先輩の事務仕事を手伝う以外はほとんど勉強に時間を割いている。

 企業法務の業界は、高度な法律の知識と財務や不動産の実務的な能力が求められる。

 だから、ずっと本を読むだけで一日が終わる日もあるくらいである。

 面談に訪れたクライアントには、ベテラン弁護士がまず対応する。

 そして壇のところには形式が決まった書類作成の仕事が回ってくるのである。

 一言一句、間違いがないように何度も確認する。

 法律上の判断など、ほとんど必要ない。

 ドラマのような、白熱した議論など実際にはほとんどないのである。

 貸しビルの一角にある法律事務所は、手狭で静かである。

 外にはオフィス街の乾いた風景が広がる。

 通りを行き交う車は、どれも同じような形をしている。

 歩道を歩く人たちは、せかせかと先を急ぐ。

 街に潤いを与えるはずの街路樹も、見事に刈られ、まっすぐに立っている。

 街灯と樹のフォルムが、等間隔のリズムを刻み、遠くへ消えていく。

 外を眺めていると、息が詰まりそうだった。

 デスクにまた書類が運ばれてきた。

 すぐにチームチャットでデータを確認する。

 ひな形を元に、慎重に入力作業を進めていった。

 でき上った書類を上司に送ると、すぐに修正指示がくる。

 修正して再送信しても、またたくさんの修正があった。

 こんなやり取りを続けながら、勉強して、レポートや論文執筆のための情報集めをする。

 リモートの社員が増えている中、入社間もない壇は事務所に詰めて電話番をしながら仕事をこなしている。

 毎朝の通勤ラッシュには、何か月たっても慣れていかない。

 足を踏まれたり、肩でぶつかられたり。

 通勤電車は人間を|苛々《いらいら》させる。

 それでも毎日同じルーティンを繰り返さなくてはならない。

 良くないのは分かっているが、ついため息がでてしまうのだった。

4

 

 星へと続くかのように、空へと繋がる道を進んでいく。

 ぼんやりと地平線に目をやっていると、吸い込まれそうな曙に心が澄んで心地いい。

 壇は呼吸を深くして、夢見心地を楽しんだ。

 少しずつ、周囲の岩がせり出してきていつの間にか森のようにガラス質の木が立ち並ぶようになってきた。

 幹が太い木が、うねる様に身を|捩る《よじ》らせて天を指す。

 光を透かしてキラキラと輝き、弦を弾くような乾いた高い音を出していた。

 まるでオルゴールか何かみたいに、ノスタルジックな気分になる音楽だった。

 心に染み入る情景と、耳に心地よい音が、壇をさらに夢見心地にした。

 ふと、透明で不思議な木々に触れてみたくなった。

 足を止めると、じんわりと太ももの辺りに血が巡るのを感じる。

 かなりの距離を歩いたはずだが、気分が良いせいか疲れなかった。

 右手の中指で、幹を触ってみると温かみがある。

 黄色みがかった光をたたえ、中を何かの液体が流れているようだった。

 見上げてみると、幹から太い枝が幾重にも広がっている。

 枝がさらに分かれ、徐々に細くなって葉をつける。

 透き通った葉が、重なるほどに明るくなっていく。

 そう、光を透過しているのだ。

 この透き通った植物は、長い年月をかけて枝を産み出しながら身を捩ってきた。

 まっすぐ伸びるベクトルに、枝葉ができるとき別の力が加わる。

 人生が枝分かれするとき、その地点に広場ができるのだろう。

 もしかすると、自分は枝分かれした道を見ているのかもしれない。

 そして、同じような木が無数に生えている。

 たくさんの木を眺めていると、人混みも悪くないような気がするのだった。

 先ほどから歩いてきた道だけは、ひときわ輝いて森の中に横たわっていた。

 この先に、何が待っているのか、壇はどうしても知りたくなった。

 道自体も生き物のような、深い謎を感じさせる。

 壇は再び道を|辿《たど》って歩き始める。

 行く先に、どんな驚きが待っているのだろうか。

 また地平線に視線を投げてぼんやりとした。

 

 通勤電車の中で、|吊革《つりかわ》を持つ手に力をこめる。

 電車が前後左右に揺れ、そして上下に跳ね足元が一瞬床を離れる。

 隣りの人がどんな態勢なのか分からないが、さっきから背中に硬い物体を押し付けてくる。

 少しでも重心を安定させるため、足を捻じりスタンスを確保しに行くが|阻《はば》まれた。

 つかまっていられるだけマシだと思うしかない。

 毎日通勤電車に揺られていると、他人への|憤懣《ふんまん》と不条理極まりない車内が心を削っていく。

 会社の最寄り駅に着くと、暑苦しい車内から解放された。

 階段を登ろうとすると「のぼり」と書いてあるほうから降りてくる|輩《やから》がいた。

 割り込みなどは日常茶飯事で、譲り合いなど誰もしない。

 身体を張って自己主張をしながら、無言で歩く。

 これが人生だろうか。

 一生懸命勉強したし、スポーツにも打ち込んだ。

 お陰で不況にも負けない、安定した仕事にありついた。

 サッカーで足腰を鍛えたお陰で、人にぶつかられても当たり負けしない。

 振り返ってみると、スポーツは通勤ラッシュに耐える身体を手に入れるためだった。

 デスクワークが多いし、いつも同じような書類を書いている。

 論文を頼まれたからと言って、好き勝手は書けない。

 始めから正解がある問いに答えているだけである。

 歩道を歩くと、いつもすれ違う人の雰囲気は記憶に残っている。

 天然パーマの大柄な男や、やけにスラリとした女。

 犬を散歩させている老人。

 うるさい小学生の集団。

 電車の中で虐められた自分には、ネガティブな面ばかりが目についてしまうのだ。

 透き通ったガラス窓が、自分の姿をくっきりと映し出した。

 いつも疲れた顔をして、ため息をつく。

 上等なスーツを着ていても、貧相に見えてしまうのだ。

 とにかく、職場へ行こう。

 重い身体をコンクリートの上に引きずって、ビルの中へと入っていった。

 

 透き通った森を抜けると、急に冷え込んできた。

 空は相変わらず星屑に覆われている。

 遥か向こうの光は、いくら歩いても変わらない。

 足元を|撫《な》でる冷気が、少しずつ身体を硬くしていく。

 思わず肩をすくめて身体を震わせた。

「暖かさをイメージしてください ───」

 どこからか声がした。

 ギョッと目を見開いて、後ろを振り返る。

 さらに身体を硬くして、左右を何度も見渡した。

 穏やかに包み込むような声だった。

 少し|掠《かす》れて、ちょうどこの風景のような清潔感があった。

 イメージする、と言っていた。

 足を止めて瞑目し、試しに太陽の光をイメージしてみた。

 暖かい陽の光が、ポカポカと背中を温める。

 日向にいるだけで、身体が熱を帯び、活力が|漲《みなぎ》るようだった。

 そして、うとうとと気持ちよく眠気をもよおす。

 すると、どういうわけか本当に暖かくなってきた。

 振り向くと大きな太陽が|燦々《さんさん》と輝いている。

 壇は目を丸くした。

「思った通りになった ───」

 光が心を|弛緩《しかん》させ、笑みをもらした。

 気分が上がってくると、景色にも注文をつけたくなった。

 きれいな花に|蝶《ちょう》が舞い、|蜂《はち》の羽音が聞こえる。

 生命の営みを感じる。

 小川が流れ、透き通った水の中には小魚が泳ぐ。

 さらさらとした水の音と臭い。

 菜の花が咲き、|芳醇《ほうじゅん》な香りが広がる。

 一面に目の覚めるような黄色い|絨毯《じゅうたん》が現れた。

 木々がりんごやみかんなどの果実をつけ始める。

 陽光をたっぷりと浴びた、甘酸っぱくて赤みが濃いりんごを見るだけで口の中に味が広がる。

 一つ|捥《も》いで|齧《かじ》ると、この世のものとは思えないほどの大地の恵みを感じたのだった。

 

 休みを利用して、大きな書店で買い物をすることにした。

 駅の近くにあるため、開店時間を狙って混まないうちに出かけた。

 薄い水色のシャツにベージュのパンツと、カジュアルな恰好でデパートの裏手を抜け、2階のペデストリアンデッキに出る。

 平日とは違い、人はまばらだが目的地まで一直線の機能的な道である。

 晴れた陽射しが首筋を焦がす。

 照り返しが目を強く刺激するので、思わず顔を|顰《しか》めた。

 フォークギターのまろやかな音を耳に捉え、道端に目をやる。

 同い年くらいの若い青年が、弾き語りをやっていた。

 楽器ケースをタイル張りの地面に開け、後ろに立ってかき鳴らし自作のフォークソングを歌う。

 都会の|憂鬱《ゆううつ》、何かを作りだしたい、人生の悲哀、など次々に心の奥底にある憂いを紡ぎだしていた。

 曲が終わり、1000円札を投げ入れると男が近づいてきた。

「ありがとうございます。

 気に入っていただけましたか」

 暖かい光を放つような男のムードに、少々気圧された。

 自分はこんな風に笑えない。

 いつも地面を見て歩いているような気がする。

 さらに男が言葉を継いだ。

「この手に触れてみてください」

 何を思ったか、右手を差し出してきた。

「硬い ───」

 一回り大きくなっている手は、グローブのようだった。

 特に指先が硬い。

「この手が、私の財産です。

 人生を賭けて、歌を作った証なのです」

 どれほど練習すれば、こんな手になるのだろう。

 楽器を演奏するには、毎日の地道な努力が不可欠である。

 何かを作りだす人生は、眩しく輝いている。

 毎日単調な仕事をしていると、損をしている気分になる。

「まあ、あまり偉そうなことを言うものではありませんね。

 こうやって日銭を稼ぎ、アルバイトで食いつないでいる身ですから」

 ふっと自嘲に口元を緩めたが、笑顔が輝きを増したように感じた。

 

 ガラスの石でできた世界が、星屑の下で輝く。

 いかにもロマンチックなイメージを|新又 彩葉《あらまた あやは》は思い描いた。

 脳に描いた幻想を体感できる空間に、自由に出入りできるようになってからどれ程経っただろうか。

 金銀財宝に囲まれて夢のような暮らしをしたこともあるし、お腹いっぱい好きなものを食べたこともある。

 ひとしきり欲望を満たすと、人恋しくなるものらしい。

 だが、人間をイメージしても人型の物体が産まれるだけだった。

 イケメンでも、かっこいいヒーローでも、動かないし喋らない。

 人間とは、物体ではない。

 人生の営みを感じさせるから、興味深いのである。

 簡単に言えば、|虚《むな》しくて、寂しくなった。

 そこへ、若い壇がやってきたのである。

 新又は心躍らせた。

 まずはじっくり観察してみることにした。

 彼はかなり生真面目らしい。

 まっすぐに地平線に視線を合わせたきり、一心不乱に一定のペースで歩いていた。

 何かを目指しているのだろうか。

 あまりに根気強いので、イメージが|破綻《はたん》し始める。

 寒さに凍えていたので、少々助言をした。

 頭の回転も良いらしく、すぐにこの世界を理解した。

 2人でイメージを共有できるなら、どこかに接点があるのだろう。

 何でも自由になるならば、他人の予想外な振る舞いに対して何が起きるのだろうか。

「綺麗なイメージだね。

 私より早くここへ来ていたみたいね」

 背後に姿を現した新又の方を振り向いた。

 目が大きく見開かれ、後ろへ大きく飛び退き地面に尻もちをついてしまった。

 彼女は構わず近づいて行った。

「おもしろいね。

 人間が、そんなに珍しいかな」

 微笑を浮かべながら、手を差し伸べた。

 久しぶりに感じる、あたたかい温もり。

 心の中に、ふんわりと柔らかい感情が流れ込んできた。

 照れたように目を伏せて、壇は肩を震わせて笑い始めた。

「人間が、珍しいかって。

 僕は、人間しかいないような世界で、ギリギリ生きてきたんだ。

 人間の群れに、いつも|脅《おびや》かされながらね」

 今度は夜空を仰いで、肩をすくめた。

「変だよね。

 私もそうだった気がするよ。

 現実から逃げたい気持ちが、この世界を支えているのかも知れないね」

 遠くの地平線は、黄色い閃光を放っていた。

 太陽の|眩《まばゆ》い光が、2人の横顔を照らし、長い影を描き出した。

 

 ガランとした、家具の少ない部屋の隅にベッドが一つ。

 白いシーツの上に布団をかぶって、壇はすやすやと寝息を立てていた。

 近頃は、眠りが浅い。

 だが疲れはなかった。

 アラームを止め、右手を突き上げて伸びをする。

 すぐにストレッチをして、本を読み始めた。

 1人で暮らすには広いリビングに、小さな白いテーブルにパソコンが置かれている。

 朝の空気は少し肌寒い。

 眠気を吹き飛ばすにはちょうどよかった。

 外をバイクが通る音がする。

 今どき新聞を取っている家が、近所にあるのだろう。

 目を閉じると、虫の声が聞こえる。

 最近、少しずつ小説を書き始めた。

 ガラスの石や木が生えた不思議な世界を歩いて行く、というストーリーだった。

 毎日法律に縛られて生きていると、意識を思い切り解放してみたくなる。

 人間が奔放に振舞うと、イメージが現実になっていく。

 社会の一員ではなくなったとき、人間らしい生き方ができるはずだ。

 その答えを、執筆活動に求めてみたい。

 思うがままに書いて、心に抱いたイメージを文字として定着していく。

 集中し始めると、すぐに小一時間が過ぎた。

 

 いつものホームに並んで電車を待つ。

 大抵1分ほどで来るのだが、今日は少し早く着いたようだ。

 スーツ姿のビジネスマンが多い中で、白いワンピースが強烈に目に飛び込んできた。

 どこかで見た気がするが、一度そう思い込むと確信が持てなくなってきた。

 電車が入ってくる。

 凄まじい轟音が、心を波立たせる。

 誰もがドアに視線を集め、ポジション取りをイメージしているだろう。

 満員電車では、遠慮は美徳ではない。

 美徳とは、自分がそれを認めて初めて成立する。

 譲ろうが譲るまいが、次々に人はやって来るのだ。

 駅のアナウンスがうるさい。

 降りてくる人は、必要以上に急いでいる。

 みな、ポジションという既得権益を守ろうと、必死で走る。

 電車のポジションなど、つまらないことのはずなのに。

 会社の最寄り駅で降りると、白ワンピの若い女が立っていた。

「壇、私のこと、わかるかな」

 彼女の周りだけ、空間が空いていた。

 猛然と通り過ぎる人波が、なぜか避けて通るのだ。

「どこかで会ったような気がするけど ───」

 足を止めて、腕組みをした。

 顔を|顰《しか》めて|唸《うな》ったが、思い出せなかった。

 視線を上げると、彼女は忽然と消えていた。

 そして革靴の無機質な音が、現実に引き戻した。

10

 

「きっと、どこかで会ったことがあるのだろう」

 考え込んでから、ポツリと言った。

「壇の性格が、この世界にはっきり現れてるよ」

 新又は、口角を上げて景色に目をやった。

「何でも思い通りになる世界か ───」

「私、1年くらい前からいるのだけど、イメージをここまではっきりと共有したのは初めてだよ」

「へえ」

 壇の関心事は、彼方に見える光だった。

 あの先に何があるのか知りたい。

 自分の足で超えていきたい。

 また、大地を踏みしめて歩き始めた。

 少し離れて新又がついてくる。

「私、邪魔しないから、ついて行ってもいいかな」

 答える代わりに壇は、遥か彼方を指さした。

「あの光を、追っていくんだ。

 どこまでも、どこまでも」

 歩いている限り、人生は開けていくのだからね。

 新又は、小さく|頷《うなづ》くと、黙ってついて行った。

 星降る夜には、人生が輝きを増す。

 どこまでも、希望を持って歩く旅人は、命を燃やして歩くのだ。

 

 

この物語はフィクションです

【プロット】運命の扉

 リリアンとエルヴィンは、桜の魔法を追求する旅を続けていた。

 彼らは運命の扉を探し、愛と魔法の結びつきを深めていった。

 ある日、二人は桜の木の下で休んでいた。

 花びらが風に舞い、太陽の光が煌めき夢見るような気持ちにさせる。

 リリアンはエルヴィンに向かって言った。

「私たちは、運命の扉を見つけなければなりません。

 それが私たちの運命を変える鍵だと思うのです」

 エルヴィンは深くうなずいた。

「運命の扉はどこにあるのか、私は知りません。

 しかし、私たちが共に探し続ければ、必ず見つかるはずです」

 二人は手を取り合い、森を歩き始めた。

 桜の花びらが道を作り出し、魔法の存在を感じさせてくれた。

 やがて、二人は奇妙な洞窟にたどり着いた。

 洞窟の中には薄暗い光が差し込んでいた。

 リリアンはエルヴィンと共に中に入り、運命の扉を探し始めた。

 洞窟の奥には古代の文字が刻まれた扉があった。

 リリアンは魔法の力を使い、扉を開こうとしたが、何者かによって封印されていることがわかった。

「私たちは、この扉を開けなければなりません。

 運命の鍵はここにあるはずです」

 リリアンは決意を込めて言った。

 エルヴィンはリリアンの手を握り、共に魔法を使い、扉を開こうとした。

 その瞬間、洞窟は光に包まれ、二人は運命の扉の向こう側へと引き込まれていく。

【プロット】運命の結びつき

 リリアンとエルヴィンは、桜の魔法を求めて共に旅を続けていた。

 春の風が花びらを舞わせ、森の中には魔法の存在を感じることができた。

 ある日、二人は美しい桜の木の下で休んでいた。

 リリアンは花びらを手に取り、願い事を心の中で囁いた。

 エルヴィンは彼女を見つめ、微笑んむ。

「桜の魔法は、運命を変える力を秘めている」

 エルヴィンは再びその言葉を繰り返した。

「君は何を願う ───」

 リリアンは迷った。

 彼女は自分の運命を変えたいと思っていたが、同時にエルヴィンの過去の記憶を取り戻してあげたいとも考えていた。

「私は ───」

 リリアンは魔法の桜の枝を見上げた。

「私は、君の記憶を取り戻すことを願います。そして、私たちの運命を共に切り開きたいのです」

 エルヴィンは驚いたようにリリアンを見つめたが、やがて笑顔を浮かべた。

「ありがとう、リリアン

 君と共にいることが、私の記憶よりも大切だと気付いた」

【プロット】桜の魔法と運命の出会い

 春の訪れと共に、魔法が宿る桜の木々が花開いた。

 人々はその美しさに魅了され、お花見の季節がやってきた。

 リリアンは魔法使いの少女だった。

 彼女は桜を自在に操り、花びらを舞わせることで願い事を叶える力を持っていた。

 ある日、リリアンは森の奥深くで謎の青年、エルヴィンと出会う。彼は森の精霊であると噂されている。

 エルヴィンはリリアンに「桜の魔法は運命を変える力を秘めている」と告げる。

 リリアンはエルヴィンの話に興味を抱いた。

 彼は過去に桜の魔法を使い、愛する人を救おうとしたが、代償として自分の記憶を失ってしまったという。

 二人は共に桜の魔法を求め、運命を変える方法を探し始める。

 だが、魔法には闇の力も潜んでいることを知る。

 リリアンとエルヴィンは、愛と運命の狭間で揺れ動く。

 果たして、彼らは桜の魔法を使い、運命を切り開くことができるのか。

 そして、エルヴィンの記憶は戻るのか。

【小説】ニイトブレインSAKUI

 

 平日の昼間、職のない|作井 岳《さくい たけし》は肩身の狭い思いを抱えて車を走らせた。

 ガソリン代を気にして、ちらりとメーターに目をやる。

 最近めっきり寒くなって来たので、車を停めて日向ぼっこを決め込んでも良いが、どこで誰が見ているかわからない。

 それよりは買い物を装ってスーパーにでもいた方がマシだ。

 ガラガラの駐車場に車を停め、一息つくと外へ出た。

 外気は冷たいが、陽射しを受けていれば暖かかった。

 ショッピングモールの入り口で待ち構えるように、宝くじ売り場に「宝くじの日 お楽しみ抽選」と白地に赤で大きく書いてあった。

 ポケットに突っこんでいた手に、紙くずが触れていることに気づき引っ張り出してみる。

 レシート数枚と、外れの宝くじが1枚出てきた。

 せっかくだからと売り場に差し出してみると、なんと、1等が当たっていたのだ。

「当たったのか ───」

「お客さん、今日はツイてますね。

 ツキが来たときは逃さず勝負してはどうですか」

 自分が、よほど運に見放された顔をしていたのだろう。

 中年のパートらしい女性が言った。

 どうせならと、スクラッチ20枚と交換して、その場で10円玉を取り出した。

 一枚目を削ると、9つの窓が全部同じ絵柄だった。

「5000万円当選です」

 続けてすべて削った。

 なんと合計6枚1等だったのだ。

 にわかには信じられなかった。

 受け取りは銀行でと告げ、当選したスクラッチをポケットの中に突っ込んだ。

 

 みずかみ銀行の窓口には、スーツ姿のサラリーマンが10人ほどスマホやパソコンを片手に忙しそうに待っていて、自分など後回しでも良いような気持ちになった。

 ATMで済ませられない用事のある人間は、会社関係の取り引きや融資の相談くらいだろうか。

 予想以上に自分が浮いてしまって、落ち着かない。

 ロビーに座っていると、近づいてきた男がいた。

「岳、こんなところで何をしている」

 硬い声を出したのは父親の洋一郎だった。

「父さん、そっちこそ何しに来たんだい」

 家では仕事の話をあまりしない父は、少々たじろいだようだった。

 小さな町工場を経営しているのだが、社長の息子のくせに、と風当たりが強くなるので岳からすれば仕事の話など進んでするものではなかった。

「俺は、仕事だ。

 金を下ろすなら、ATMでできるだろう」

 |眉間《みけん》の|皺《しわ》を深くして、首を|傾《かし》げる。

「作井さん、2階へどうぞ」

 窓口ではなく、奥にいた男が声をかけた。

 父は無言で階段ホールへ向かう。

 家では見せない、深刻なムードを漂わせて。

「あの、作井さん」

 窓口から岳に声がかかる。

「もしかして、作井製作所の ───」

「ああ、息子だよ」

 父が驚いて振り返った。

 窓口の女性が、奥へ行って上司となにやら話していた。

 そして岳は、洋一郎と共に2階へと促された。

 

 銀行の2階は、来客用に|設《しつら》えてある。

 壁には高そうな絵が架けてある。

 そして黒革のソファとガラスのテーブル。

 それに比べて作井製作所の社長室は、スチール机と作業机があるだけだった。

 父はチラチラと岳の方を気にしながら、|額《ひたい》の汗を拭った。

「融資課長の|福家 哲次《ふけ てつじ》です」

 テーブルの脇に回り込んで、両手で名刺をつまんでよこした。

 ビジネスマナーなど、ろくすっぽ知らない岳は、

「はい」

 返事だけをして、片手で受け取った。

 福家の顔がニンマリとして、岳を凝視したので薄気味悪い。

 ソファに、どっかと腰かけると、

「本日は、融資のご相談でございますね」

 両手を組んで膝に置き、ズイと洋一郎に作り笑いを向けた。

 頭を掻いて、眉間の皺を深くした父は、もう一度岳を見る。

「実は、資金繰りが今月も厳しくなりまして。

 先月大量発注を受けた、ボルトの支払を先延ばしにして欲しい、と言われたのです。

 今月はボルトの代金を当て込んでいたものですから、給料の支払にも影響する始末です」

「なるほど。

 取引先は ───」

「内藤洋行です」

「支払が|滞《とどこお》った理由は何ですか」

「キャスター付きテーブルが好調なので、勢いに乗って新商品に取り組んだために、開発費用が|嵩《かさ》んだそうです。

 まあ、うちでも同じようなことは何度かありました。

 新商品は|水物《みずもの》ですから、ヒットしたらラインナップを増やす気持ちは理解できます。

 長い目で見れば、今すぐ債権回収するよりは、新規事業を伸ばしてもらいたいと私も考えます」

 顎に拳を当て、|瞑目《めいもく》して福家は考え込んだ。

「お話は理解できました。

 ですが、先月も先々月も資金不足でしたので ───」

 しきりに|唸《うな》る。

「そこを、なんとか。

 長い付き合いじゃありませんか」

 父は、極度に緊張していた。

 給料が払えない、という話は本当だろうか。

 ニートの岳でも分かる深刻さである。

「それに ───

 息子さんに、さきほど窓口で同意を得ていますので、お話します。

 実は、宝くじが当選されたのです」

「えっ」

 両目が見開かれ、ゆっくりと父がこちらに顔を向けた。

「いくら」

 大きく|瞬《まばた》きをした父の、鼻息まで聞こえるほど、顔を近づけてきた。

「3億」

 今度はのけ反った。

「本当なのか」

「にわかには信じがたいかも知れませんが、本当です」

 福家がつけ加えた。

 

 岳の眼には、強い光が宿っていた。

 普段はぼんやりとして、ヨタヨタ歩いている若造が、にわかにしっかりしたように感じられる。

 あまりのことに、2人とも|俯《うつむ》いたきり黙り込んでしまった。

 重苦しい沈黙が、応接室を支配した。

「あのさ、父さん。

 これだけは言っておく」

 おずおずと顔を上げ、息子の顔を見上げた。

 両眼が揺れ、|怯《おび》えの色を帯びた。

「3億円の使い道は、僕が決める。

 誰にも指図はさせない」

 ハッとして、福家も顔を上げた。

「指図だなんて、誰にもできませんよ」

 場の空気が一変した。

 岳が支配してしまったのだ。

「金を持ってるからって、僕は何も変わらない」

 洋一郎は、|喉《のど》を鳴らして|唾《つば》を飲んだ。

「|怨《うら》んでいるわけじゃないが、父さんは僕をサラリーマンにしたかったんだろう。

 それがいけなかったんだ。

 僕にも自分の人生がある。

 ニートになってしまったんじゃない。

 自分で選んだんだ。

 そして、ニートだから3億円を引き寄せたんだ」

 洋一郎は何度も|頷《うなず》いた。

「父さんが、お前を馬鹿にしたことがあったか」

「直接言ってないけど、父さんが作った会社は僕を蔑んでいる。

 僕に言わせれば、毎日決まった時間に会社へ行って、週末は飲んだくれているサラリーマンが立派だとは思えない」

「差し出がましいですが、私からも言わせてください。

 会社の経営者は、みんなお父様のように苦労されています。

 足しげく銀行へ通い、頭を下げていらっしゃるのです。

 なぜだと思いますか」

 福家は真っ直ぐに姿勢を正して岳を見つめた。

「しゃらくせえんだよ」

 テーブルに拳を振り下ろした。

 岳の目つきはさらに鋭くなる。

「社員の生活が懸かってるんだろう。

 家族の生活が。

 僕も父さんに食わせてもらってる。

 同じように、みんな家族を養っている。

 だからどうした。

 僕は自分勝手な子どもだってのかよ。

 そりゃあ、会社が|潰《つぶ》れれば、今の生活ができなくなるだろうさ」

「岳、落ちつけ。

 誰も金をよこせとは言ってないぞ」

 父が|遮《さえぎ》った。

 大きく息を吐いた岳は言った。

「とにかく、考えさせてください」

「そうですね。

 融資の相談に同席して頂いた時点で、失礼だと認識するべきでした。

 息子さんは、ただ者ではないのかも知れませんよ。

 お話を続けてもよろしいでしょうか」

 ため息交じりに、岳は頷いた。

「融資の稟議書を作成して、回しておきます。

 私は、経営状態が悪いとは思っていません。

 でも、決めるのは私一人ではありませんので」

「分かっています。

 では、私はこれで」

 洋一郎が立ち上がると、岳も立とうとした。

「息子さんは、お待ちください」

 引き留められて我に返った。

 

「いくつかお伝えすることがございます」

 専用口座に当選金を用意すること。

 高額当選者へのレクチャーがあること。

 資産運用について。

 悪徳業者への注意喚起。

 大まかに説明を受けた後、福家が出て行き、辻川と名乗る女性行員が現れた。

投資信託はいかがでしょうか。

 株や債権をプロが運用します」

「いらない」

「老後のために、年金になる保険もございます」

「いいって」

「NISAで税制上優遇措置を受けられる投資 ───」

「いい加減にしろ、銀行は財布を握ってるからな。

 金が入ると、途端にすり寄って来るんじゃねえよ。

 うまい話が、向こうからやって来るわけがない」

 机を叩いて立ち上がった。

ニートには、ニートの流儀がある」

 

 社長室のデスクにドカリと腰を下ろした洋一郎は、内線で専務を呼んだ。

 北見専務が小走りでやってくると、作業机に着いて向き合った。

「で、融資はいかがですか」

「そっちは恐らく問題ない。

 それより岳が、3億円当てたんだよ」

「なんですって」

 北見は無駄なぜい肉のない身体をピンと伸ばしてから、身を乗り出してきた。

 顔立ちが整っていて、知性を感じさせる男が、驚きを|露《あら》わにしていた。

 銀行での|顛末《てんまつ》を話すと、

「なるほど。

 ガクらしいと言えば、らしい反応じゃありませんか」

 岳は、社員から「ガク」と呼ばれていた。

 ニートで、社長から見放されているとか、様々な噂を流されていたが、不思議と放ってはおけないと思われていたのだ。

「しかし、蔑まれているなんて、心外ですね。

 被害妄想じゃありませんか」

「多分な、俺たち会社勤めの人間から、無言の圧力を感じてるのさ」

 気難しい息子を心配して、ため息交じりに言うのだった。

「私で良ければ、お力になりましょう」

「北見さんを見込んで、金の使い道を間違えないように教えてやって欲しい」

 生え際の辺りを搔きながら、頷いて瞑目した北見は思考を巡らせていた。

 

 岳は作井製作所の休憩室を訪れた。

 工場では、忙しそうにフォークリフトがコンテナを運んで出入りしている。

 目の前の事務室との間を、書類袋を脇に抱えた人が行き来していた。

 少し離れた場所に食堂がある。

 工事現場のようなプレハブの簡素な建物に入ると、広い食堂の脇に、乱雑にパイプ丸椅子が置かれたスペースがあった。

 自動販売機が3つあって、500mlペットボトルのお茶を120円で売っていた。

 総務部の女性社員の松崎が、ぼんやりとして入ってきた岳に視線を合わせて小さく会釈をした。

「松崎さん、今月の資金繰りが厳しいって本当かい」

 単刀直入に岳が切り出した。

 腕組みをして唸っていた彼女は、眉間の皺を深くした。

「ちょっと、いろいろあってね」

 ため息をついて、床に視線を落とした。

「いろいろって ───」

「やあ、ガク。

 どうだい、一局」

 聞き返そうとしたところで北見が、ぬっと顔を突っこんできた。

「ちぇっ。

 北見さんか」

 2人は将棋仲間だった。

 アマ有段者同士、将棋会館で出会ってからの仲である。

「松崎さんと、何を話してたんだい」

 役員室でパチパチと、駒音が|忙《せわ》しなく響く。

 北見が指した瞬間に手を伸ばして岳が指すので、お互いに意地になって速くなっていく。

「強いねえ」

 嘆息した北見は、椅子にひっくり返って天井を仰いだ。

「会社、資金繰りが悪いんだって」

 歳は岳の方が一回り若いのだが、棋力は上である。

 微妙な関係ができ上っていた。

「経営は、将棋よりも遥かに難しいのだよ。

 正直、経営状態は悪くない」

「じゃあ、なんで銀行に融資を相談するんだい」

「銀行を立てていた方が得だからだよ。

 融資をすれば儲かるのは」

「銀行か ───」

 

 執務机についた北見は、書類の束に判押しを始めた。

 社長室よりも狭くて、3つの机が並んでいる。

 隣りの社長室の様子がわかるように、ドアは開いていた。

「それで、どうするつもりだい」

「どうって」

 立ち上がった岳は、窓に手を突いて外を眺めた。

 風が強くなってきた。

 さらさらと|銀杏《いちょう》が音を立て、黄色い葉を歩道に積もらせていく。

「ガクは頭が良いからね。

 僕らが驚くような、何かをするのだろう」

 漠然とした野望をずっと描いていた。

 大金を稼ぐとか、社会的地位を得るのとは違う、自分にしかできない仕事がある。

 会社の歯車の一つではない何か。

「会社に入る気はないのだろう」

「まあね」

 会社員というイメージが、岳の心に影を落としている。

 ただの反発ではない。

 自分のすべてを賭けられるものを求めて、|彷徨《さまよう》日々に浸っていた。

 人生に正面から対峙して社会に対する疑問を、ぶつけていたい。

「だったら、ブレーンになったらどうだい」

 岳は目を丸くして振り向いた。

「僕が」

「そうだ。

 株を買い集めて、会社を単独で動かせるようになれば、ガクが好きなようにできる。

 会社員にならなくても、発言権を得られるのだ」

 小さなころから、父に連れられて遊びに来ていた岳の、あどけない顔を北見は思い出していた。

 子どもができなかった自分にとっては、実の子どものような存在だった。

 判押しを続けながら、岳が会社の中枢にいる姿を思い描いた。

 できることなら、作井製作所を継いで欲しい。

 社長も同じ思いだと確信していた。

「株を ───」

 つぶやくと、部屋を出て行った。

 

 それからというもの、岳は自室に籠り調べ物を始めた。

 会社法を調べ、株や議決権、そして作井製作所と取引関係のある会社の状況など、集めた情報をファイルにまとめた。

 社外の株主からすべての株券を買い集め、社内からも買っていく。

 瞬く間に買い集めた株券は、3分の2を超えていた。

 そして社長室を訪れ、洋一郎と北見と向かい合ってソファに腰を下ろした。

「父さん、そして北見さん」

 襟を正して、静かに瞑目してから言った。

「僕が所有する株式は、3分の2を超えました。

 実質的に、会社を乗っ取ったことになります」

「そうだな。

 俺と北見の譲渡分もあるが、経営権はお前がすべて握った」

 2人は、まるで他人ごとのように言った。

 洋一郎は岳の肩に手を置いた。

「やりたいように、やってみろ」

 挑むような目で射貫いた父の眼は、穏やかな水面のように澄み切っていた。

 

 旋盤を回し、ボルトを切る音が間断なく耳を打つ。

 パートの中村は、機械の一部のようにリズミカルに部品を取り出してはでき上ったボルトと取り替えた。

 背後には、デスクライトを照らして細かい傷や歪みを調べる二宮が、しきりに唸っていた。

「どうかしましたか」

 主任の古谷は、笑顔を作ってパートさんの脇から部品を覗き込んだ。

「最近、部材にムラがある気がして。

 一応基準は満たしてるのですけど ───」

 見た目では、歪みは認められない。

 一つ手に取ってじっくりと光を当てていく。

「何をしているのですか。

 すみません。

 僕はブレーンの作井岳です」

 3人とも手を止めて、振り向いた。

 この人が、噂の社外取締役ブレーンかと、顔を凝視する。

「えっと、立場上会社のことを知らなくてはいけないので、こうして歩きまわっているだけです。

 気にせず続けてください」

 中村は旋盤を回し、二宮は部品に手を伸ばした。

「検品で、ちょっと」

「気にせず話してください。

 何でも知りたいのです」

 部材の違和感を感じる程度のことだが、確かに光の干渉でできたモワレが|歪《いびつ》に見える。

「熟練工が、少し違和感を感じた程度ですので、気にしなくて良いと思います」

「分かりました。

 お時間がある時に、こちらを記入してください」

 一人一人に、アンケートの案内を手渡した。

 工作機械が所狭しと並べられ、騒音が大きい。

 町工場は、どこも似たようなものだろうが、快適な職場とは程遠かった。

「ガク、ここにいたのか」

 北見専務がやってきた。

 早速、社内を見て回りたいとは言っておいたのだが、放ってはおけないとばかりに付いてきたのだ。

 眉根を寄せて、工作機械を眺める岳は何をするつもりだろうか。

 専務が腕組みをして、後ろにピッタリついてくるので、社員はみんな振り向いて奇異な視線を注いだ。

 

 社長室へ戻ると、洋一郎が来客に対応していた。

「内藤洋行の|小野澤 慶《おのざわ けい》です」

 岳も、できたばかりの名刺を差し出して交換した。

 内藤洋行は事務機器の大手メーカーで、長年の得意先である。

 銀行で、父が内藤洋行のキャスター付きテーブルについて話していたことを思い出した。

「ブレーンですか ───」

 名刺を眺め、眉根を寄せて何事か思案顔になった。

「息子さんに、株を大量に譲渡されたとか」

「そうです。

 社員ではありませんが、ブレーンとして経営に参加させることにしました」

 事情を察した小野沢は、長年の取引関係について、詳しく話してくれた。

「最近は、新商品の開発をしていまして、作井さんのところのボルトを使わせていただいています」

 

 工場で耳にした話が、喉につかえたような違和感を持って、首をもたげてきた。

 思い切って、聞いてみる。

「我が社のボルトの品質に、満足されていますか」

 小野沢は首を|捻《ひね》り、意図を掴みかねる様子だった。

「作井さんのところのボルトは品質が安定しています。

 一度、他社の物を使ったときには、不良品が出て回収費用がかさみましてね。

 長い目で見れば、確かな技術力のあるところが一番ですよ」

「うちのボルトは、コスト的にどうでしょうか」

 さらに踏み込むと、困惑の色が|窺《うかが》われた。

「まあ、うちのボルトはまずまずだというところだ」

 答えに窮した様子を察して、洋一郎が口を挟んだ。

 小野沢が席を立ち、部屋を辞すると洋一郎は判押しを始めた。

「ボルトが、何か気になったのか」

「検品のところで、部材にムラがあるのではと言ってたから ───」

 軽く頷いただけで、判押しの手は続いていた。

 

 その日の夕方、決裁書類を片付けた北見が社長室にファイルを運んできた。

「それで、アンケートの方はどうかな」

 口角の片端を上げて、岳の方を振り向く。

「どうもこうも、反応は薄いですね」

 職場環境を整えるために「この工場で生きていく。大切なものを抱いて。」とキャッチコピーを打ち、社内調査を始めたのだが、みんな忙しさと遠慮があって、意見は上がってこない。

「このコピー、好きだけどねえ」

「そうだな。

 社員を満足させる工夫か ───」

 洋一郎も判押しの手を止め、腕組みをして唸った。

「僕が見たところ、誰もが忙しそうで、声をかけにくいのですけど」

 会社なのだから、しょうがないと言えばそれまでである。

 だが、岳の描く理想の先にあるビジョンにも、北見は興味があった。

「内藤洋行が開発しているテーブルって ───」

 ボルトの話に気を取られていたが、事務機器開発とオフィスのインテリアを手がけている会社だった。

「コストと品質を考えるばかりではなくて、今までにないオフィスと工場を考えたらどうだろう」

 こうして、企業の在り方と労働の概念に変革をもたらす、新時代のブレーンの第一歩が踏み出されたのだった。

 

 

この物語はフィクションです

ピンクが似合うアイドルは眩しい笑顔で振り返った イラスト制作過程

 

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【プロット】国会議事堂にやってきた好戦的なマジシャン。

 手の中

で物を消し、握った物がまるで形を帯びるようにまた出てくる。

 ある時は人間そ真っ二つにして見せ、元通りになって現れる。

 洗練された手技と、長年んオ研究によってあらゆる魔術を究めた如月は、国会議事堂の前に立っていた。

 すでに陽が沈みかけ、西陽が頬を眩しく照らし影を濃くする。

 毎朝研いでいる爪が鈍く光り、胸ポケットから覗いたサテン地の赤い布が燃えるように輝いていた。

 おもむろに布を抜き取ると、両手で摘まんで広げた。

 人間は鮮やかなマジックを前に無力になる。

 常識を見落とし、虚像を見るのだ。

 政治家はどうだろう。

 洗練された技術もなく、口だけで人を煙に巻き世の中を混乱させているのではないか。

 人間を思いのままに動かすなど、マジシャンにとってはたやすい。

 そう思うからこそ、国を動かしてみたくなったのだ。

 あくまでマジシャンとして、日本を奇術にかける。

 男は布をひらりとかざすと、正面からズカズカと乗り込んでいった。