「アルベルト、街が見えたぞ」
「ああ。ここらの敵はザコばかりで面白くなかったな。こんなところに大きな街を作るとは。お陰で運動不足になった」
アルベルトは、刀を抜くと馬車を飛び降りた。
「おい。どうする気だ」
「イベルコ。馬車を止めろ。少し運動していく。それに、焼肉を食いたい」
見ると、丘の上からヴァッカが3頭駆けてきている。
ヴァッカは牛のようなモンスターだ。馬車に突っ込まれたらひとたまりもない。
「やれやれ。カルビにするか」
「へへへ。手をだすなよ。ボクチン運動するからな」
ヴァッカは知能が高い。3頭はスピードを上げて散開すると、同時に大きな角でアルベルトを突き上げようとした。
「ちぇええいいいぃ」
身をかがめると右の一頭をめがけて飛び掛かる。地面すれすれまで下げた剣を振り上げざま、足を2本斬りはらった。
「ヴモオオォ」
もんどり打って地面に倒れ、後ろ足をバタつかせた。
そのまま切っ先を後ろに向ける。2頭がやはり同時に向かってくる。今度は並んで頭を下げて突っ込んで来た。正面に死角がない。
ギリギリまで引きつけると、左へ横っ飛びした。ヴァッカはアルベルトを見失う。
振り向いた一頭の前足2本を横なぎにした。
残りの一頭は正面から頭を両断する。
一呼吸でこの動作をこなした。
ほとんど息も切れなかった。
「ひょお。なかなか賢い子たちだったな。さあて、肉。肉」
「ファイア! 」
イベルコが唱えると3頭が一瞬で丸焼きになった。
「焼肉のタレは? 」
「ねえよ。街で手に入るかもな」
「よし。ちょうどいい。街まで運ぼう」
1頭は馬車に乗せた。
残り2頭は転送魔法で先に送る。
「ミッティイン! 」
「うわあ」
「ぎゃあ」
「牛が降ってきた」
遠くで微かに声がした。
「早くいかねえと、食われるぞ。俺は走ってく」
アルベルトは馬と同じ速さで走ることができる。
地面を蹴らずに滑るように体を無駄なく使い、トップスピードで街の入口まで走り切った。
「おお。すまねえな。デカいから魔法で送ったんだ。焼肉食うか? 」
門番の衛兵2人はいかにも剣術士らしく、慇懃に言った。
「我が街テイシアにどのような用向きか」
「買い物をしたい。もうすぐ仲間も1人来る。あと腹ごしらえと……」
「なんだ」
「近頃暗躍する鬼士団の情報が欲しい」
「お前は冒険者か」
「そうだ」
二人は緊張を解いた。
「テイシアは、冒険者を歓迎する。存分に励め。入口左手に冒険者ギルドがある。そこへ行けば何でもわかるはずだ」
「ありがとよ。んじゃ、肉を分けよう」
「門が開かれた。すると騒ぎを聞きつけた街の人たちが出てきた」
「あれは。肉だ! 」
「うひょおお」
15人ほど駆け寄ってきた。商人やら、戦士やら、魔法使いやらが我先にと駆けてきた。
「よし! 皆肉はたっぷりある。腹いっぱい食ってくれ。俺の名はアルベルト。もうすぐイベルコという魔法使いもくる。よろしくな」
「ありがてえ」
「救世主! 」
「家に持ち帰らせてくれ」
「アルベルト万歳! 」
街の前で宴会が始まった。誰かが酒を持ってきたようで、アルベルトに勧めた。
「俺はいい。ちょっとこれから大事な用があるんでな。ありがとよ」
イベルコが到着した頃には宴もたけなわといった雰囲気で、アルベルトはすっかり街の人たちと馴染んでいた。
「わははは」
「いいぞう。1曲歌ええ」
アルベルトに1人の商人が話しかけてきた。
「よう。ベルちゃん。困ったらいつでも言ってくれ。俺は街一番の情報屋トムだ」
急に鋭い目をして言った。
「では。この街で、王宮に顔が利く人を探している」
トムは深刻そうに考え込んでから言った。
「そうか。王宮に入るのは覚悟がいるぞ」
「冒険者になったときから覚悟を決めているよ」
トムに連れられて、まずは冒険者ギルドに挨拶をしに行く。
街全体が大きな城壁に囲まれていて、城門を開けなければネズミ一匹入れそうもない。
とても堅固に守られた、エトランシア最大級の街である。
ここに来れば大抵のものは手に入るといわれている。
また世界中から冒険者が集まり、装備を整えたり、仕事を探したりする場所でもある。
「アリオス、新入りを連れてきたぞ」
「ああ。トム。城門前に牛を転送してきた輩だね」
「さすが。耳が早いな。その剣術士アルベルトと魔法使いイベルコだ」
「話は聞いてるよ。冒険者の間でも噂になっている。鬼士団を狩った凄い冒険者らしいね」
アルベルトもイベルコも、始めてきたが噂話になっていると聞いて悪い気はしなかった。
「早速だが、アルベルトは剣術士ギルドへ。イベルコは魔法使いギルドへ行って挨拶をしてきてくれ」
「鬼士団の情報が欲しい。最近活発になってきていて、人数も随分増えている。あちこちで略奪を繰り返しているのだ。早急に大がかりな掃討作戦を展開するべきだ」
「なるほど。それで王宮へといったんだな」
「冒険者が王宮へ入ることはなかなかできない。その前に、ギルドで人格と実力を認めてもらう必要がある。今エトランシアは乱れている。鬼士団だけでなく、他国ともいつ戦争状態になってもおかしくない。君たちにも協力してほしいのだ。頼みたいミッションはたくさんある。だが各ギルドでも人手不足なのだ。何かミッションを頼まれるかもしれない」
「わかりました。イベルコ。しばらく別行動になるが、またここで落ち合おう」
「何か伝えることがあれば、トムかアリアスに話しておけばいいかな」
「遠慮なくいってくれ」
トムが言った。
「ありがとう。トム」
「なあに。冒険者に恩を売っておけば、後々商売になりそうだからな」
テイシアの市場にやってきた。
このにはエトランシア全土から武器や防具、珍しい薬草やら、食材やらさまざまな店が出ている。
武器屋の姉さんが声をかけてきた。
「そこのお兄さん、ちょっとこの剣見てごらん」
「ん? ああ」
「この剣は東の国の『タケミカヅチノオノカミ』に捧げるための霊剣なんだよ。どうだい」
「ほほう。水に濡れたような光沢。これは腕が立つ鍛冶屋の逸品だな」
「一振りすれば雷を断つといわれる『タケミカヅチの剣』またの名を『ライキリの剣』さ」
アルベルトは手に取ってみた。刀身が微かに弧を描いた片刃の剣だ。それにしてもこの刀身の美しさ。だが細身で強度が気になる。
「いい剣だが、こう細くちゃ折れやしないか」
「それは腕次第さ。東の剣は太刀受けしないようにできている」
「話には聞いたことがある。東の剣か。なかなかお目にかかるものじゃないな。恐らく切れ味は凄いだろう。いくらだい」
「6万コルナだよ」
「あちゃあ。3万コルナしか持ってないや」
「ふふふ。お兄さんは相当腕が立つとみたよ。剣は人を選ぶ。あんたに使って欲しいから、特別に2万コルナにまけよう」
「で、結局買ったのか。今の剣は鍛冶屋に出すのか」
イベルコもローブを新調した。
「ああ。装備一式修復してもらおう。お前も出したらどうだ」
「そうだな」