自分流にカスタマイズすることと、表現は通じている

 自分流にカスタマイズする、ということと何かを表現することは通じている。

 例えばセミナーの会場で席についたとする。

 机と椅子は、誰もが同じものを使用する。

 だが体格によって椅子の引き方が違う。

 そして机の上に筆記用具やスマホ、必要な資料が置かれる。

 利き手によって置き方が反対になる場合がある。

 また、抱え込むようにして大事そうに資料を引き寄せる人、遠くにうっちゃる人開きもしない人もいる。

 その置き方はセミナーに対する意欲というよりは、自分流のカスタマイズであり、表現に近いものだ。

 人間はこのようにして、佇まいだけで個性を表現している。

 文章を書くときにも、このような「自分流にカスタマイズ」が自然に行われるものである。

 世間一般に受け入れられようとしすぎると、表現が不自然になってしまう気がする。