【ショート小説】死後の世界でおめでとう!「月下の鬼籍」

f:id:yamadahideo:20211231180742p:plain

地獄の門

 

「おめでとうございます。来世も人間に生まれ替われるそうですよ」

 地獄の門の入口のカウンターで、拓真は顔をほころばせた。

 地獄の役人たちが、忙しそうに走り回る中、担当になった鬼が教えてくれた。

「どんな理由で決まったのか、どこに転生するのかなど詳しい説明とか、あるんでしょうか…… 」

「ご心配なく。近頃は地獄の役所も、デジタル化が進みましてね。情報はきちんと開示しています。その前に、転生先を決めるための審査がございます」

「はぁ。審査ですか…… 」

「詳しくは、地球住民課の転生担当までお問い合わせください。こちらの封筒に必要な書類とご案内が、ございますので」

「そうですか。ご丁寧にありがとうございます」

「では。良い人生を」

 地獄の門と呼ばれているこの市役所のような施設は、突然死んでしまって迷い込む人が多い。

 自殺した人は、更生施設へ入ったり、病院で魂のケアを受けるようだ。

 また殺人など重大な犯罪を犯した人は、直接閻魔庁へ送致されて、裁判が行われる。

 そして、生前穏やかに暮らし、天寿を全うした人は天国の門へ天使に導かれて行くようだ。

 死んでみて分かったことが、たくさんあった。

「考えてみれば、世界中で毎日20万人くらい死んでいるんだからな…… 人間をデジタル化して管理しないと対応できないだろうな…… 俺は役人から直接書類を貰えただけラッキーかも知れない」

 待合室の椅子に腰かけて、書類を広げた。

「ええと…… これが見取り図か。地球住民課…… あった。7階だな」

 中央にエレベーターホールがある。ずらりと並んだ扉の横に、行先の階が表示してあった。

「う~ん…… 100階以上の高層階もあるのか…… 7階に止まるのは、っと…… 」

 目当てのエレベーター前には長蛇の列ができていた。

「ありゃぁ…… これじゃあ。エスカレーターを使った方が速いな」

 エレベーターホールに入る前、横にエスカレーターが見えた。

 引き返すとエスカレーターに乗ろうとした。

「あの…… すみません」

 拓真は20歳になったばかりだったが、同い年くらいの女の子が声をかけてきたので立ち止まった。

「私、地球住民課に行くように言われたのですが、エスカレーターで行った方が良いでしょうか? 」

「ああ。僕は今エレベーターホールを見てきたんだけどね。長蛇の列で、とてもじゃないけど乗れそうもなかったから、エスカレーターにしようと思ったところだよ」

「良かった。私、初めてで…… って…… 当たり前ですよね」

 照れくさそうに笑うと、一緒にエスカレーターに乗り込んだ。

「私、宮田涼香です。一人で心細かったので、親切な方がいて良かったです」

「ちょうど7階の地球住民課へ行くところだったから一緒に行きましょう。僕は新井拓真です」

「これから審査があるって聞いたんですけど、もしかして…… 」

「僕もです」

「中の書類、ご覧になりましたか? 」

「いや。とりあえず場所だけ調べて、来たところです」

「自分の履歴が細かく書いてあるんです」

「へえ。着いたら見てみようかな…… 」

「あの…… もしよかったら、地球住民課へ行く前に、お話しませんか? 」

 思いがけず、話し相手ができたので付き合ってもいいと思った。

 ここへ来てから、一息つく間もなく流れ作業で手続きをしたり、待たされたりして、ちょっと疲れた。

「そうだね。せっかくだから他の人の人生も知りたいな」

「うふふ。私もそう思ったんです。自分の人生を振り返ると、他人とどう違うのかが、気になって来たんです」

「まあ、僕なんて大した人間じゃないけどね」

「きっと面白いと思いますよ」

 2人は5階にある休憩所のような、広い談話スペースで一休みすることにした。

 ちょうど窓際の、丸テーブルが1つ空いていた。

「ここにしましょう」

「ええ。眺めが良いところですね」

「5階まで登ると、結構遠くまで見えるもんですね…… 」

 1キロ位離れた所に燃え盛る炎のようなモニュメントと、大きなビルが見えた。

「あっ。あれが多分閻魔庁ですよ! 」

「うわあ。あのモニュメントがちょっと怖いですね」

「殺人などの犯罪を犯した人が、裁判を受けるらしいですよ」

「閻魔庁の向こうに、池と山がありますね。もしかして…… 」

「多分血の池地獄と、針山地獄でしょう…… 」

「ひゃあ! いい子にしていてよかった…… 」

 こんなやり取りをしていると、鬼2人組が近づいてきた。

「あのう…… 座席が空いていなくて、申し訳ありませんが、相席してよろしいでしょうか」

 赤い服を着た鬼が丁寧に、頭を下げた。

 ちょうど4人掛けなので2つ空いている。

「どうぞ」

 拓真はにこやかに答えた。

「どうもすみません」

 青い服の鬼も、ぺこりと礼をした。

「ふう…… やっと一息付けるな」

「赤よ、こう鬼使いが荒くっちゃぁ、やってられんよ」

「そうボヤくなって。青、ここで働いてるお陰で、飯が食えるんだぜ」

 鬼たちは、休憩しに来た様子だった。

「それじゃあ、僕の書類を読んでみます」

「あの…… もしよかったら交換してみません? 」

 いたずらな笑顔を見せて、書類を指さした。

「そうか。他人との違いが気になるって、言ってましたね。やってみますか」

 拓真と涼香はそれぞれの書類を手渡して交換した。

「なんだか、ドキドキしますね」

「まあ。ここで会ったのも多生の縁ですから、何か接点があるかも知れませんよ」

 各々、しばらく黙って読みふけっていた。

 「鬼籍」と大きく1ページ目に書いてあり、その下に生年月日と没年月日、そして氏名がある。全部でA4用紙25枚分くらいにまとめられていて、短編小説1本分くらいあった……

「う~ん。これはまるで、ドラマの台本みたいだなぁ」

 ふと涼香の横顔を見ると、頬に涙が伝っていた……

 時々涙をハンカチで拭きながら、眼が書類に釘付けになっている……

「そんなに感動的なことが、書いてあるのかな…… 」

 自分の人生の方も気になったが、続きを読み始めた……

「なっ。なぜこんな…… 」

 拓真も思わず涙ぐんだ……

 読み終わったときには、30分ほど経っていた。

「拓真さん。すごい。素晴らしいです。なぜ、あなたのような方が、亡くなってしまったのか…… 私、無念です。こんなの…… よかったら、お話を聞かせてくださいませんか」

拓真の夢

 

「ええと…… はい。それなら、お話しましょう。こんなに自分の人生に感動してくださる方がいるとは…… こちらこそ感動ものです」

 拓真は困惑したが、この涼香という女性は自分の深い部分まで知って、感動したのだ。生前にこんな女性に出会っていたら、心から信頼し合えたのかも知れない。

「涼香さんの鬼籍を読むと、誕生から亡くなるまで書いてあるので、私も同様に書いてあるのでしょう」

「はい。その通りでした」

「僕は、一人っ子でした。生まれるときに母が妊娠中毒症になり、それがもとで母は身体が弱かったのです。それでお産はもうできない、と言われたそうです。両親は共働きで、ほとんど家にいないので、他人の家に良く預けられました。そんな中でも、幼い頃からヴァイオリンを習っていました。そのヴァイオリンが、自分の一番の友達みたいなもので、いつも弾いていたと思います」

「立派です! それだけで凄いですよ。そんな話、聞いたことがないです」

「いやいや。大人になるまで続けてませんからね…… 12歳になると勉強するため、という理由でやめています。小学校時代は理科の実験が大好きで、外で遊ぶよりも家の中で本を読んだりするのが好きな少年でした」

「でも、亡くなる少し前に、また弾いてますよね」

「ええ。イベントの前座みたいなことを始めて、エレキヴァイオリンのパフォーマンスを始めました。元々基本はできていたので、客寄せのために演奏して、いろんなイベント会場を回っていました」

「一つの芸を磨いて、それで仕事をするなんて、なかなかできないことです。これからどうなっていくか、続きが知りたかったなぁ…… 夢を追う人生って本当に素敵です。私にはなかったものですから…… それに、お笑いもやられていたって…… 芸を磨くことの厳しさや、難しさも書かれていますよ…… 」

「いや。そんなんじゃないですけどね…… まあ、友人とコンビを組んで、高校生のときから漫才みたいなことをやっていました。落語も好きなので、落研を作って毎日練習したりして…… 楽しかったなぁ…… 」

 相席していた、赤い方の鬼がこちらを見た。

「失礼ですが、すみません。お話が聞こえてしまったので、気になったものですからね…… ヴァイオリンを弾かれるのですか? 」

「はい。ご興味がおありですか? 」

「実は…… 私は生前オーケストラをやっていましてね…… いや、懐かしいな」

 意外だった。地獄の門で働く鬼からは、想像しづらいプロフィールである。

「へえ。そうですか。楽器は何ですか? 」

「実はね…… 指揮者です」

 青鬼がビックリ仰天した、という顔をした。

「ええっ! そんな話初めて聞いたぞ。赤よ、隠してたのかい? 」

「いや、そうじゃないけどさぁ。こんな形して、指揮者もないと思ってね…… 」

 鬼がどんな経緯でここの仕事をすることになったのか、気になってきた。生前オーケストラを指揮していたなんて、並みの人間ではできないことだ。

「あの…… 気になって仕方がなくて…… その…… 指揮者をされていた方が、なぜ鬼になったのかが…… 」

 涼香が遠慮がちに聞いた。

「ああ…… 別に構いませんよ。実は、あなた方が多分これから行く、地球住民課で決められたのです」

「もしかして、鬼になる場合もあるのですか? 」

「ええ。一応鬼も人間の一種と考えられています」

 人間に転生するものだと思い込んでいたが、鬼も人間の一種であるならば、自分がここで働く可能性もあるわけだ。

 これは、事情が大きく変わってきたぞ、と思った。

「それでは、地球へ戻るとは限らないという事ですね…… 」

「まあまあ。そうがっかりなさらないで…… 場合によっては我々のように働いて、順番待ちしてから転生する事もあるんですよ」

「なるほど。すると、どんな基準で転生の順番が決まるんでしょうか…… 」

「まあ、我々鬼は下っ端だから、詳しいことはわかりませんけどね。噂では、その人が良い子孫を残すかにかかっているとか…… 」

 赤鬼が、急に高潔な文化人に見えてきた。実際、指揮者をしていたとしたら、クラシック音楽ファンの憧れの的だ。

「近頃、地球では人間の遺伝子が傷ついてきて、謎の病気が流行り出したり、発達障害が増えたりし始めていますからね。転生させる人間を、慎重に選ぶんですよ」

 青鬼は知的な話し方をする。赤鬼と一緒にいるせいか、こちらも只者ではないような気がしてきた。

涼香の家庭

 

「涼香さんの人生も、なかなか心を打つものがありましたよ」

 鬼たちも、興味津々といった目を向けた。

「そうですか。多分拓真さんよりは、つまらない人生ですが、お話しましょう」

「僕は、涼香さんこそ亡くなってはいけない方だと思いましたよ」

 涼香は少し物思いにふけるような顔をしていたが、拓真と鬼たちの方に向き直った。

「私の家は、子だくさんで…… 兄弟が6人いました。小さい頃から家事を手伝って、生活は食いぶちが多いせいで、貧しくていろいろ工夫しながら暮らしていました」

「お会いして、全然そんな風に見えませんけどね…… 外連味がなくて、芯がしっかりした方に見えます。もっとエリートだと思っていました」

 鬼たちも小さくうなずいた。

「私が12歳のときに、母が病気で亡くなって、それからは姉たちが母代わりのように面倒を見てくれました。私は末っ子だったので、小さい子の面倒を見ることはなかったのですが、いつも家事を手伝ってばかりで、拓真さんのような輝く才能なんてない人間です」

 大きく首を横に振ると、拓真は赤鬼に向かっていった。

「人生で最も大事なことは、身近な家族のために尽くすことだと思います。一芸に秀でることよりも、ずっと大事なことだと思います。そう思いませんか? 」

「そうですね。自分は家族を犠牲にして、音楽にのめり込んでいました。生活の全てをオーケストラに捧げて生きていたのです。有名になったって、親戚からは冷たくされたこともありますよ」

 腕組みをして、しみじみと赤鬼が言う。

「一番上の兄は、たくさん勉強して防衛大学校に入りました。学費がかからず、給料がもらえるからです。他の兄と姉は皆進学せず、働いて家にお金を入れてくれていました。私が高校生になる頃には、結構余裕が出てきて、進学するように勧められました」

「素晴らしい家族じゃないですか。お互いのためにできることをして、支え合う。僕にもそんな家庭があったら、もっとまともな仕事をしていたと思いますよ」

「いえ。そんな…… 私には自分の夢がなかったから…… 」

 今度は青鬼が話し始めた。

「赤の話と、皆さんの話をお聞きしましてね。自分もちょっと思うところがあるのですよ…… 実は、県議会議員をしていたのです。それで、子ども2人と妻がいまして、それなのに自分は毎晩飲み歩く有様で…… 私生活はあまり褒められたものではありませんでした」

「おおっ。お前さんこそ、そんな話したことなかったぞ。議員さんだったのかい…… 何だか、世の無常を感じずにはいられないねぇ…… 」

 赤鬼がしんみりと言うと、皆押し黙ってしまった……

「家庭を大事にするってことは、人間としてとても大事なことだと思います。ですが、夢や社会の中での役割を大事にして生きることも、立派な事です…… 」

 この場の4者はそれぞれに、人生を精一杯に生きてきた。

 境遇が違えば価値観も違う。

 そんな人生を語り合い、それぞれの胸に深く響いたようである。

「なんだか、転生することにこだわらなくても良いような気がしてきました…… 」

 拓真が、ため息をついた。

「そうですね。自分がちっぽけな人間だって、思えてきました。もっと精一杯輝くような人生にするべきでした…… 」

「おまえさんたち。後悔しても始まらないぞ。自分たちは、前を向いて新しい人生を一歩踏み出す決意を胸に、迷える魂を導く仕事をしているのだ。鬼の仕事だって悪くない。こき使われているが、誇れる仕事だ」

「赤よ。立派なことを言うなぁ。自分も同感だよ」

「さてと。すっかり話し込んでしまったな。お前さんたちとは、またどこかで会う気がするよ。達者でな」

 鬼たちはまた仕事へと戻っていった……

人間が成すべきことは何か

 

「じゃあ。僕たちも行きましょう」

「はい」

 2人は書類を封筒に収めると、エスカレーターへ戻って行った。

 7階には、地球住民課のカウンターがずらりと並んでいて、その前に列ができていた。

「あの…… もし可能なら、一緒に転生したりって…… どうですかね」

 涼香が、はにかみながら小声で耳打ちした。

「僕も、そう思ってました。言ってみましょう。僕と一緒に並んでください。離れないように」

 カウンターで幾つか質問をされて、中へ入っていくようだった。

 何を話しているのか、気になって仕方がない。

 妙にソワソワして、周りを見渡していた。

「さすがに、こんなにいたら知っている人はいないが、さっきの鬼の皆さんみたいに、それぞれ驚くような経歴を持っているのかも知れない…… 」

 思わず呟いた。

「そうですね。生きている時に、もっと周りに目を向けていたら、豊かな人生になっていたのかも知れません…… 」

 そして、2人の順番がきた。

「あの…… こちらの方と一緒でもよろしいでしょうか」

 係員が涼香を見た。

「構いませんよ。最近は、利用者様のご意向を、尊重する事になっておりますので」

 すんなりいったので、内心驚いたが、希望があれば言えばいいのだと理解した。

「では、新井様。転生したら、どんな人生をご希望されますか? 」

「こちらの、涼香さんを幸せにできるような、家庭的な男になりたいです」

「では、宮田様。転生したら、どんな人生をご希望されますか? 」

「拓真さんのような、夢を追う人を支えるような、そんな人生を希望します」

「では、お2人で奥へどうぞ。転生担当がお待ちしております」

 奥には、たくさんのブースがあった。その一つに案内された。

「はい。よろしくお願いします。私は転生係の添島と申します」

 事務的に淡々と話す人だ。

「では幾つか質問します。それによってどこに転生するかが決まりますので、よくお考えになってください」

「えーと。まずお2人で1口として、転生することをご希望されますか? 」

「すいません。こういうケースは時々あるんですか? 」

「はい。時々どころか、1人で来られる方の方が少ないですよ。下で鬼籍を見せ合ったり、鬼と話したりしてそういう気持ちになるんでしょうね。ははは」

「ごめんなさいね。ついでにもう一つ。転生すると記憶はなくなるのですか? 」

 涼香が核心を突いた。

 意気投合しても、記憶を失ったら赤の他人として再会することになる。

「そこは、何とも言えません。生前の記憶は誰もが持っています。ですが、それを封印している人が大半なのです。深層心理に作用して、恋人になったり、結婚したりする事例は多いですけどね。つまりご自分次第です」

 2人とも、この説明で納得がいった。

 顔を見合わせて微笑み合うと、

「では一緒に転生させてください」

 気持ちは一緒だった。

 

 

この物語はフィクションです