魔法のクリエイターと言われる理由、お教えします

人は知る。人は感じる。創作で。

【小説】戦国のジクウⅢ

奈落の底で

 

 時は戦国。

 戦乱の爪跡は大地を血に染め、無数の|屍《しかばね》で埋め尽くした。

 男たちは戦場に駆り出され、残された者は敵方に|蹂躙《じゅうりん》され家々には火が放たれた。

 自らを第六天魔王と称した織田信長の出現により異形の妖魔たちが魔界から現れ、夜ごとに村々を|襲《おそ》うようになる。

 田畑は荒れ、追剥と化した浪人たちがさらに人を襲う。

 まさに地獄絵図が広がった。

「おい、スズ。

 この鎧と刀、高く売れそうだぞ」

 |年端《としは》もいかぬ少年と少女は、生きるために|鎧《よろい》武者から売れそうな武具をむしり取っていた。

「今日は大漁だね。

 アサおにいちゃん」

 |塒《ねぐら》へ持ち帰った二人は、洞穴の石に腰かけた。

「大分たまってきたから、そろそろ村へ持って行こう」

 両手に刀と鎧をどっさり抱えて、5里(約20㎞)ほどの山道を歩いていった。

「へへへ。

 こいつは金になるぞ。

 今は戦乱で武器を欲しがる人がたくさんいるからな」

「こうやって武器をお金にすれば、食べ物には困らないね」

 春の山道には、色とりどりの花が咲き乱れている。

 暖かい陽射しが、若葉をキラキラと輝かせた。

 村までにいくつか深い森を抜けなくてはならない。

 この辺りにも、|追剥《おいはぎ》がでると噂が立っていた。

 暗い森に入ると、木々のざわめきが木漏れ日を揺らし、湿った空気がシダやコケの色を鈍くした。

「お兄ちゃん、なんだか薄気味悪いよ。

 早く行こう」

 スズは疲れた顔を見せず、速足で歩いて行った。

 先を歩いていたアサは、異変を感じて立ち止まる。

「しっ。

 何か聞こえた気がする」

 木の陰に身を隠し、辺りを|窺《うかが》う。

「頭を低くして」

 2人は一度武具を草むらに隠し、耳を澄ませた。

 地面すれすれまで頭を下げて、這うように木の間を抜けて獣道を進む。

「よし。

 何もいないみたいだな」

 戻ろうとした、その時。

「なんだ、|童《わっぱ》じゃねえか」

「ちっ。

 イノシシなら食えるのによう」

 追剥とみられる男たちが後現れた。

「逃げろ! 」

 アサはスズの手を掴み、全速力で駆け出した。

 だが、大人の男の足には到底かなわず、すぐに捕まってしまった。

「さてと。

 こんなちっちぇえ童じゃ、売れもしねえな」

「まあ待て。

 なあ、坊主。

 どこから来た?

 親はどこにいる? 」

「おいおい。

 怯えてるじゃねえか。

 童を|虐《いじ》めちゃだめだぞう」

「おい!

 これを見ろ。

 新しい刀と鎧がこんなに隠してあるぞ」

 男たちは、2人が遥々運んできた武具を見つけてしまった。

「待て!

 それはぼくたちの── 」

 スラリと刀を抜いた男が、切っ先をアサに向けた。

神を呼ぶ娘

 

「へっへっへ。

 いいこと思いついちゃったなあ。

 刀の切れ味を、こいつらで試してみようぜ」

 ニヤニヤと下劣な笑顔を浮かべた男は、アサにゆっくりと近づいてきた。

 鼻面まで顔を近づけてから、ニッコリ笑顔を見せた。

「なあんてな。

 おじさんなあ、童には優しいんだぞ。

 お前たち、この刀と鎧を、どこで見つけたんだい。

 教えてくれたら、返してあげるよ」

「あっちだよ!

 山の向こうで、|戦《いくさ》があったんだ」

 スズが来た方向を指して言った。

「バカ!

 言っても無駄だ」

 男は仲間を振り返り、|頷《うなず》いた。

「聞いたな。

 よし、まだ武器があるかも知れねえ」

「この童はどうする」

「めんどうだから、斬っちまえ」

 刀を振り上げた男が、アサに向き直った。

 カラスがギャーギャーわめき、朽ちた肉を求めて飛び回る。

 戦場で、死肉を|啄《ついば》むところを散々見てきた。

 人間が骨になるまで野に|晒《さら》され、死臭漂う原野は地獄そのものだ。

 これから自分たちもカラスに食われるのかと、アサは諦めの境地に至る。

「スズ。

 これまでだ。

 せめて観音様にお祈りしよう」

 スズの家には、代々伝わる呪文があった。

 信心深かった両親は、毎日先祖を供養して呪文を唱えていたのだった。

「オーン…… ヴァジュラ、ダルマ フリーヒ…… 」

 千の手と、千の眼を持つとされる千手観音を信仰していたスズの家ではこの声が毎日聞こえていた。

 生まれたときから耳に沁みついていた真言の呪文が、口を突いてでた。

「観念したか。

 このガキ、気味の悪い呪文を唱えやがって」

 大上段に構えた男は、狙いをスズに変えるとゆっくり近づいていく。

「オーン ヴァジュラ ダルマ フリーヒ…… オーン ヴァジュラ ダルマ フリーヒ…… 」

 なおも呪文を唱え続けるスズ。

 目を閉じて、手を合わせ、地面に座り込んだ。

「オーン ヴァジュラ ダルマ フリーヒ…… オーン ヴァジュラ ダルマ フリーヒ…… 」

 アサもそれに|倣《なら》い、正座で合掌した。

 男は少し怯んだが、刀を持ち直し振りかぶった。

「めんどくせえ!

 2人まとめてあの世に送ってやる」

 その時!

 森の奥から白い光が現れ、木々の影が広がっていく。

 やがて光が辺りを埋め尽くした。

 光は刀を溶かし、追剥たちを丸腰にしてしまった。

 そして光の中から若い娘が現れた。

 静かな眼で男たちを見ていた。

「あなたたちも、妖魔に家族を殺され、田畑を荒らされ、住み慣れた家を追われた、哀れな方たち……

 できることなら共に戦い、|衆生《しゅじょう》が安心して暮らせる世の中を取り戻したいものです。

 ここにいる2人の|童《わらべ》は、妖魔を滅する|真言マントラ》を秘めた|祓魔師《ふつまし》の才を持っています。

 |私《わたくし》を含め、祓魔師はいずれ滅びる|運命《さだめ》。

 でもひとときの生を、与えてはいただけませんか」

 女が放つ光は、すべてを優しく包み込み、安らぎを与えた。

 追剥たちは毒気を抜かれたように地に膝をつき、うなだれた。

「さあ。

 今のうちです」

 アサとスズは静かな気持ちで、その場を後にした。

祓魔師の里

 

「センジュ様。

 その童たちは」

 祓魔師の総本山、金剛高野山の周囲には、いくつもの寺があった。

 その一つに2人は導かれてきた。

「ジクウ。

 この子たちはきっと、あなたを助け、高みに引き上げてくれる存在になります。

 アシュラと共に、|夕餉《ゆうげ》にいたしましょう」

 2人は暖かく寺に迎え入れられ、清潔な衣と食事が与えられた。

 アサと同い年の童が、いろいろと世話をしてくれた。

「早速、明日の朝から稽古しよう。

 ぼくはジクウ。

 金剛高野山には、身寄りのない童が集められて、才能あるものにはマントラが授けられるんだ」

 にこやかな表情の中にも、芯のしっかりした立ち居振る舞いをする少年だった。

「センジュ様からの伝言だ。

 アサは、金剛夜叉王っていう強い神様の化身になれるらしい。

 だから、これからは『ヤシャ』と名乗るように。

 スズは、吉祥天の化身になる資質があるそうだ。

 それに合わせて『キッショウ』と名乗るように、とのことだよ」

 何もかもが突然で、少々戸惑っていたが明日の朝は早いので、すぐ寝ることになった。

 朝3時に起き、支度をしていると周囲の寺から僧が天秤棒を担いで走り去っていくのが見えた。

「祓魔師はみんな、始めにこの修行をするんだ。

 最初はきついだろうけど、すぐに慣れるさ」

 空の桶を担いで、2人は先を行くジクウとアシュラについて行った。

「片道1里(約4㎞)ほどだ」

 ジクウは気楽に言った。

 まだ暗い山道を、足元に気をつけながら小走りで登る。

 少し登ったところで、不意にジクウが止まった。

「ちょっと待て。

 なんでこんなところに── 」

 山の中腹に、朱い眼を光らせた怪物が数体いるのが見えた。

「ジクウ。

 もしかして、あれが妖魔じゃないのか」

 ヤシャは、恐怖のあまり震えていた。

「朝方に現れるのは珍しいんだけどね。

 ジクウ。

 私がやろうか」

 アシュラは天秤棒を脇へ置いた。

「ちょうどいい機会だ。

 マントラを見せてやるよ」

 ジクウとアシュラは、両手を合わせ、人差し指を曲げた形を作った。

「オン・シンバラ・ソワカ

 小光明童子よ!

 現世に来たりて闇の亡者を退けたまえ!! 」

 小さな光の輪が妖魔を包み込んだ。

「|臨《りん》・|兵《ぴょう》・|闘《とう》・|者《しゃ》・|皆《かい》・|陣《じん》・|列《れつ》・|在《ざい》・|前《ぜん》!

 |彷徨《さまよ》う亡者たちよ!

 魔界へ帰えるがいい! 」

 ジクウがさらにマントラを唱え、魔界の口を開いた。

「破っ! 」

 妖魔を包む光が、闇の中へと吸い込まれていった。

金剛夜叉王と吉祥天

 

 ヤシャとキッショウは、修行の日々を送りながら徐々に才能を開花させていく。

「そういえば、キッショウはヤシャの妹なのか」

 ジクウは、ヤシャのライバルとして法力を高め合っていた。

「いいや。

 同じ村出身だが、血のつながりはない」

「ならば、ぼくとアシュラと似たようなものだな。

 祓魔師は、みな過去を捨ててここへ来ている。

 これから魔界へ入って、妖魔との決戦が待っている。

 いずれは捨てる命。

 せめて蓮のように気高く戦おう」

 童たちは、今日も修行に明け暮れ、妖魔と戦い続けている。

 

 

この物語はフィクションです