魔法のクリエイターと言われる理由、お教えします

人は知る。人は感じる。創作で。

【プロット】国会議事堂にやってきた好戦的なマジシャン。

 手の中

で物を消し、握った物がまるで形を帯びるようにまた出てくる。

 ある時は人間そ真っ二つにして見せ、元通りになって現れる。

 洗練された手技と、長年んオ研究によってあらゆる魔術を究めた如月は、国会議事堂の前に立っていた。

 すでに陽が沈みかけ、西陽が頬を眩しく照らし影を濃くする。

 毎朝研いでいる爪が鈍く光り、胸ポケットから覗いたサテン地の赤い布が燃えるように輝いていた。

 おもむろに布を抜き取ると、両手で摘まんで広げた。

 人間は鮮やかなマジックを前に無力になる。

 常識を見落とし、虚像を見るのだ。

 政治家はどうだろう。

 洗練された技術もなく、口だけで人を煙に巻き世の中を混乱させているのではないか。

 人間を思いのままに動かすなど、マジシャンにとってはたやすい。

 そう思うからこそ、国を動かしてみたくなったのだ。

 あくまでマジシャンとして、日本を奇術にかける。

 男は布をひらりとかざすと、正面からズカズカと乗り込んでいった。

【プロット】飢えた風、新しいメロディ

 男が飢えた目で何か新しいことを始めることを決意する。

 彼のお腹が空き、まるで新しい旋律が心の中で奏でられるかのように感じられた。

 新しい人生は、はっきりしないイメージだったが知らない土地へと旅立っていく。

 空腹が彼をどこか新しい冒険へと誘っていくようだった。

 新しい場所で未知の料理と出会い、お腹を満たすだけでなく、心にも新しい活力を感じる。

 食べ物がまるで彼の人生に新しいメロディを奏でているかのようだ。

 次第に、お腹を空かせたことが人生に爽やかな変化をもたらしていく。

 新しい友情や愛情、そして彼の内面の成長が、まるで風のように爽やかにやってくる。

 最終的に、お腹を空かせた経験が彼にとって新たな風を呼び起こし、人生に奏でられる新しいメロディになることを発見することになる。

【プロット】どこか奇妙なレストラン

 男はフランスの家庭料理を割と手ごろな値段で出しているレストランに入った。

 自炊をせず、外食が多い独り暮らしの楽しみは食事である。

 フランスらしさ、を演出するために白布がかけられ、客をどんどん相席にしていく。

 広い店内を店員が忙しそうに行き来して、男のテーブルに近づいてきた。

 コップをトンと置き、かなり上からドボドボと水を注ぐ。

 そしてメニューは意味不明な料理ばかり。

 写真もなくて途方に暮れたが聞く相手もいない。

 忙しそうな店員はつかまらず。

 お腹が空いていたので、適当に頼むことにした。

 すると出てきたのは途方もない量のパンと煮込み魚と、肉の塊だった。

 テーブルを埋め尽くす料理。

 ポカンとしていたところへ相席の男が座った。

【小説】じやうなろ

 

 秋の陽射しは、冷たい風が吹く日ほど暖かく感じられる。

 ジリジリと肌を心地よく焼き、ポカポカと芯まで温める。

 窓際の後ろから2番目の席は、勉強には適さないと思う。

 まるで温室のように身体を温めて眠気を誘い、黒板からは遠い。

 高校2年生の|中弛《なかだる》みもあって、|桑山 貴志《くわやま たかし》はうとうとと船をこぎ始めた。

 シャープペンを握り、|頬杖《ほおづえ》とついたまま口を半開きにして、|涎《よだれ》を手の甲に垂らし、小さな寝息を立ててしまっていた。

 ツンツンと背中を何かで突かれ反射的に顔を起こし目を開く。

 高校の教室で授業を受けているのは分かっている。

 ただ、話が途中で途切れて記憶にない部分がある。

「桑山、答えてみろ」

 雷に打たれたように立ち上がり、

「はい、分かりません」

 元気よく答えた。

 教室が笑いの渦に包まれた。

「絶妙な呼吸だな。

 つい笑ってしまったぞ」

 前田先生も豪快に吹き出して、次の生徒を指した。

 授業中に居眠りする生徒は、自己責任だという考え方である。

 定期テストで点数を取れれば何も言われない。

 だから、アルバイトでいつも疲れている生徒も、一度は起こすが厳しく責めたりはしなかった。

 制服の上着が熱を含んでいて、どうにも眠気が止まらない。

 上着を後ろで下ろしながら、もぞもぞと腕を抜いていく。

 うまく脱いで椅子の背もたれにかけた。

 成績は普通で、特に将来の目標もない人間は、できるだけ気配を消してノート取りにいそしむ。

 学期末のノート提出はセーフティーネットになることもあるから、きちんととらなくてはならない。

 チャイムが鳴った。

 休み時間になると、スマホを取り出していじる生徒が多い。

 BYODが始まったので、Wi-Fiにつないで好きなだけ動画を見たり、ゲームをしたりできる。

 重たいファイルを開くと回線が不安定になるとか、どこに接続したかログが残るとか言われたが、すぐに忘れてみんな好き放題に使っている。

 先生方も、暇ではないから黙認しているようだった。

 SNSに新たなメッセージがないか、毎時間確認して読んでいるだけで次の授業が始まってしまった。

 慌てて教科書を取り出して、頬杖を突く。

 ちらりと後ろの席に視線を向けて、

「さっきは、サンキュな」

 後ろの牧野に声をかけた。

 桑山と同じような環境で勉強しているはずだが、|牧野 里緒菜《まきの りおな》は学年トップレベルの成績を誇る優等生である。

 先ほどのように、寝ているときに指されると、背中を突いて起こしてくれる。

 いつも黙々と勉強しているので、休み時間にも話しかけるタイミングが見つからない。

 特別に目立つ存在ではないが、顔立ちが整っているので密かに推している男子もいた。

 だらしなく居眠りをしていても、|軽蔑《けいべつ》するわけでもない。

 一瞬視野の端で捉えた彼女は、秋の陽気を受けて長い髪を輝かせていた。

 

 桑山の家はマンションの3階にあった。

 両親共働きだから、帰っても誰もいない。

 自分の部屋に入って、グループチャットを開いた。

 JAXANASAのホームページを調べて、宇宙に関するネタを話題にしているグループである。

 書き込みの量が増えている。

 盛り上がりの原因は、

国際宇宙ステーションで活動した宇宙飛行士は、健康長寿になれるか」

 というテーマだった。

 さっそく、

無重力で血液を強く押し出す必要がないから、心臓の左心室が小さくなっていびつになるらしい」

 書き込みをすると、返信と関連画像、動画リンクが上がった。

「船外活動1時間で550万円だって」

「ロケットで人間を運ぶと1人65億円」

 とか、

「一泊360億円らしい」

 などと、情報が次々に上がる。

 たくさんのユーザーがいるし、ゲストもいるから情報源は曖昧である。

 SNSの良さは、気軽に不特定の人とやり取りできる点である。

 そんな書き込みを読んでいた時だった。

「あなたに会いたい」

 ダイレクトメッセージが飛び込んできたのだ。

 差出人は「じやうなろ」とある。

 初めて見る名前だった。

 SNSで使う名前など、適当につける人が多い。

 犬とか猫とか、子どもの愛称みたいな名前とか、ほとんと無意味な名前が並ぶ。

「魚のすりみを使った、うなぎの|蒲焼《かばやき》風のかまぼこ ───」

 検索をかけてみると、ヒットした。

 無意味な名前だろう。

「かまぼこって美味しいよね」

 何か相手の手がかりが得られないか、話題を振ってみる。

「お金を気にしなくていいとしたら、国際宇宙ステーションで何をしたい」

 質問が返ってきた。

 グループチャットの書き込みを、当然見ていた。

 桑山の書き込みに興味を持ったのだろう。

JAXAのホームページに出てるような、凄い研究は無理だから、とりあえず無重力を体験して地球と星を見たい」

「かまぼこの名前から取ったのではないよ。

 また火災が起きそうだ。

 観測データにブレがある。

 デブリがぶつかったみたいだね」

 名前についても気になるが、宇宙ステーションの異変を指摘していた。

「あなたは、何者ですか。

 宇宙関係の研究者か、データ分析の専門家ですか」

 思わずメッセージを送っていた。

 有名人かもしれないと思ったのだ。

「いつも|傍《そば》にいる、神に近い存在だよ」

 ハッキリと言い切った。



 英語のイディオム集を睨みつけたまま、バスの最後尾に座って揺られていると胃の辺りに重い感触を感じて顔を上げた。

 牧野は車窓に目をやった。

 田園風景の向こうに、太陽が沈んでいく。

 地平線近くの雲に茜色が差し、燃えるような金色の|縁《ふち》に目を奪われた。

 カラスの鳴き声が、|長閑《のどか》に時を|間延《まの》びさせる。

 遠くに山が青く横たわる。

 何もしないでいると、身体が朽ちていくばかりで残すものがない。

 若いエネルギーを持て余して、今は知識をひたすら詰め込んでいた。

 勉強していれば、両親にも、学校にも認められる。

 名が通った大学に入れば間違いなく将来が開ける。

 そんなイメージに|縋《すが》っている自分に疑問を感じなくもない。

 だが、努力を緩めて足りないものを探しに行く気にはならなかった。

 スマホを取り出し、最近見つけたグループチャットを開いた。

 宇宙に関する最新情報をやり取りしているのだが、NASAJAXA、関連するサイトを見て投稿している人たちが普段得られないような夢を見せてくれた。

 国際宇宙ステーションは、地上から肉眼でも見ることができる。

 遠い未知の世界のようだが、いつも頭上を飛んでいるのである。

 そして、数百億とか数千億単位の予算をかけて様々な実験をしている。

 最先端の科学が詰まっていて、学校の教科書にはない驚きがあった。

「お金を気にしなくていいとしたら、国際宇宙ステーションで何をするかな」

 口を突いて独り言が出た。

 宇宙に行くと、地球上ではできない実験もできる。

 重力がないから、人間の臓器を立体的に培養して作るとか、化粧品の水が浸透しないために、新たなアプローチが必要になるとか、面白そうなテーマがあった。

 宇宙に思いを馳せていれば、勉強を続けている意味を感じられる。

 家に着くと、部屋に|籠《こも》って参考書を開いた。

 覚えるほどに、自分の無力さを感じ始め、一息つこうと顔を上げた。

 スマホでグループチャットの書き込みを辿っていく。

 すると、

「あなたに会いたい」

 ダイレクトメッセージが届いた。

 名前は「じやうなろ」と書いてある。

「変わった名前ですね」

 返信してみると、

「私は常に身近にいる。

 神に近い存在です」

 もしかすると、同じ学校の人だろうか。

国際宇宙ステーションに、お金を気にせず行けるとしたら、何をしたい」

 グループチャットで話題になっているネタだった。

 自分に問うのはなぜだろうか。

 深い意味があるような気がする。

「自分に何ができるか分からないけど、画期的な研究とか、人類のために貢献できる何かをしないと、わざわざ宇宙でする意味がない気がする」

 漠然と、宇宙のスケールを感じていたい。

 そんな気持ちを書き込んでいた。

 単調な毎日に、宇宙が潤いを与えてくれるのではないか。

 じやうなろの問いが、新たな世界を垣間見せてくれた。

 

 「会いたい」と言ったじやうなろは、実際に待ち合わせ場所を指定した。

 何となく会いたい人、ではなくて本当に会うつもりらしい。

 山形県の山奥らしいのだが、なぜそんな場所へ誘うのだろう。

 警戒感よりも興味が勝った。

 牧野は貯金をはたいて行ってみることにした。

 

 山形県にある|深樹園駅《しんじゅえんえき》を、じやうなろは指定した。

 土曜日の始発を調べて新幹線に乗ることにした。

 母に、

「日帰りで山へ行きたい」

 と切り出すと、驚いた顔をした後少し考えて、

「いいんじゃない。

 行ってきなさい」

 とお金を出してくれた。

 学校ではあまり目立たず、家では部屋に引きこもりがちで、友達と遊びに行ったりもしない子どものことを心配していたらしい。

 将来やりたい仕事もないし、目標もない貴志が初めて自分から「やりたい」と言った気がする、などと言われた。

 じやうなろのことを話せば心配するだろうから、詳しくは言わなかった。

 彼は、身近に人生の鍵を握る人物がいて、度々桑山を助けているはずだ、とも言っていた。

 今回の旅でも、その人物が重要な役割をするそうである。

 占いを聞いているような気分だった。

 

 当日、予定通り山形新幹線に乗り込む。

 終点の新庄駅でローカル線に乗り換えようとホームで待っていた時である。

 いつも後ろの席にいる、牧野に似た人物が、大きなリュックサックをしょって同じ電車を待っている様子だった。

 まさか、見間違いだろうと思っていた。

 線路のずっと先に視線を移して、山を眺めたりしていた。

 空気が澄んでいて、紅葉が鮮やかに風景を彩る。

 青空とのコントラストが、まるで一枚の絵葉書のようだった。

 思わず両手を大きく回して、深呼吸していると彼女と視線が合った。

 しばらくこちらを|窺《うかが》っていたが、電車が入ってくる。

 乗り込みボックス席に陣取ると、暖かい陽射しがポカポカと身体を温めた。

 山と河、まばらな家と田畑が、広々とした自然の中に絵のような風景を描き出していた。

「旅も、良いもんだな」

 ポツリとつぶやいた。

「やっぱり、桑山くんだよね」

 牧野が、揺れる車内を手すりを伝って近づいてきた。

 他に乗客は少ない。

 こんなところで知り合いに会う可能性は少ないはず。

 でも、そんなことはどうでも良かった。

「ねえ、山って良いよね。

 ちょうど紅葉してて|綺麗《きれい》だし」

 学校では見たことがない輝く笑顔がそこにはあった。

 向かい側に座ると、

「高校2年の秋に、山形の自然を味わいましたって、アリかな」

 嬉しさに小躍りしながら言うのだった。

「そうだね。

 僕は、山形に行きたいって親に行ったら、何も聞かずにお金くれたよ」

「なんか、青春してるね」

 いつもの|厳《いか》つい優等生の顔は影を潜め、まぶしい輝きを放つ牧野は綺麗だった。

 窓の外を夢中になって眺めている彼女の横顔が、桑山の視線を釘付けにするのだった。

 

 深い谷を渡る鉄橋。

 短いトンネルを何度もくぐる。

 その度に2人の心は、出逢いに高鳴っていく。

 自然の中にいれば、それだけで心に暖かい光が差し込む。

 深い部分にあった、冷たい液体に熱をもたらし、至福という形を帯びていく。

 いつまでも、こうしていたい。

 2人は心から、そう思った。

 ガタン、ゴトン。

 レールの継ぎ目を車輪が渡る。

 心地よさについ、目的を忘れてしまいそうになった。

「そうだ、深樹園駅って」

「次だよ」

 もうすぐ列車を降りる。

 美しい風景と、優しい列車の音が、名残り惜しい友人のようだ。

「電車に乗って、降りるのが惜しいって、初めて思うかも」

 牧野は感慨深そうに目を細めた。

 こんな旅があるなら、人生も悪くない。

 

 深樹園駅で降りた2人は、改札を出ると外を見回した。

 誰かと待ち合わせしているはずだが ───

 スマホを取り出し、じやうなろのメッセージを確かめたが、何も返っていない。

 呆然と立っていた2人は、初めて口にした。

「じやうなろが、会いたいって言ったから来たのだけど ───」

 お互いに顔を見合わせると、困ったような顔がおかしくなった。

 腹を抱えて、肩をゆすって笑った。

 どうしようもなく楽しくて、嬉しくて、誕生日のプレゼントも、クリスマスケーキも、もういらないなどと思った。

「じやうなろ、どこにいるの」

 呼んでみたが、答えがなくて可笑しかった。

 また笑い、目から涙が|滲《にじ》み出た。

「ねえ、|騙《だま》されたんじゃない、私たち」

「ああ、騙されたねえ」

 笑いが止まらなかった。

 ちょっとしたハイキングコースがあるようなので、少しだけ歩いてみることにした。

 ハイキングなんて、学校の遠足くらいしか記憶がない。

「そういえば、僕は、いつも家で閉じこもってパソコンいじってたよ」

「あはは、そうなんだ。

 だから、じやうなろが声かけたのかもね」

 はたと、牧野は足を止めた。

「そうだ、私って、いつも勉強ばかりを ───」

「声かけにくい人だなって、思ってたよ」

「やっぱり」

 また笑いが込み上げる。

 地面が柔らかい。

 土と草と、太陽の香り。

 ガサガサと、木々がざわめく。

 蜂が飛び、虫が鳴く。

 何より、暖かい陽射しが心を溶かすのだった。

 

 10年後 ───

 JAXAは13年振りに宇宙飛行士選抜試験を実施した。

 4000人を超える受検者から、書類選抜、0次試験、1次試験、2次試験で絞られていった。

 難関を突破した10名の中には ───

「牧野、久しぶりだね」

 ポンと肩を叩かれた彼女は、驚きに目を見開いた。

「桑山君」

 大学を出て海上保安庁に勤めていた彼は、宇宙への夢を胸に抱き努力を続けてきた。

 高校時代、少々頼りなかった少年が、明晰な頭脳と強靭な肉体を備えた青年に成長していたのだった。

「見違えたよ。

 何だか、立派になったね。

 正義のヒーローみたいだよ」

「何言ってんだい。

 まあ、死ぬほど勉強したし、世界中を飛び回って深海を探査したりしたよ。

 それより、牧野も最終選考まで残ったなんて、驚いたぞ」

 大学卒業後、国の研究機関でロボット工学の最先端で研究をしていた牧野は、聡明で美しい女性に成長していた。

 

 そして、さらに5年が過ぎた ───

 

 桑山は、自ら開発に関わったスペースシップに乗り込んだ。

 ロケットには巨大な燃料タンクがあるため事故のリスクが高かった。

 宇宙ビジネスは日進月歩である。

 民間企業が続々と参入し、新技術の開発競争が激化する。

 民間人も、数百人単位で宇宙旅行できる時代が来た。

「ご搭乗のみなさま、機長の桑山です。

 本機は高度一万メートルの水平飛行から、少しずつ高度を上げて熱圏の最上部まで参ります。

 運航には万全を期しておりますが、気流の乱れやデブリの影響で揺れる場合がございます。

 シートベルトサインが点灯した際は、装着をお願いいたします。

 なお、宇宙食のサービスもご用意いたしました。

 それでは、宇宙旅行をお楽しみください」

 コックピットの先に、抜けるような青空が広がる。

 ジャンボジェットのような機体は、滑走路へと進んで行った。

副操縦士の牧野です。

 現在の気温は18℃、高度一万メートルではマイナス36℃、熱圏に入りますと高度90キロメートルでマイナス80℃まで下がります。

 そして高度600キロメートルでは2000℃に達します。

 お手元のモニタに、リアルタイムで表示していきますので、そちらもお楽しみください」

 機内でくつろいでいた人たちから、どよめきが起こった。

 離陸サインが点灯し、ロケットエンジンに火が入った。

「桑山さんと、牧野さんって、5年前の選抜試験で選ばれた日本人なんだってさ」

「2人とも、カッコイイよね」

 緩やかに離陸した機体は、雲を突き抜けていった。

 空の上には、まばゆい光が満たされている。

「前方に輝いていますのは|女宿《うるきぼし》でございます。

 北方玄武七宿のうち第三宿に当たり、古来より中国では玄武の蛇身と言われています ───」

 宇宙旅行の観光案内も、宇宙飛行士の仕事である。

 そして、本格的に宇宙ステーションの運用が始まり、長期滞在が可能になっていく。

 その要に、懐かしい名があった。

 

 研究機関として活躍してきた、国際宇宙ステーションISSの運用が終了し、実際に人間が宇宙で生活するための準備を始めた。

 それは、アルテミス計画で月面基地を建設する足がかりでもあった。

 桑山と牧野は、スペースシップで観光客を運ぶ傍ら、新たなステージへ向かう宇宙開発の中心で活躍している。

「あなたに会えて良かった ───」

 そこには、じやうなろがいたのである。

「じやうなろ、月面探査のデータをアップしたから確認よろしく」

 牧野がキーボードを叩きながら言った。

「月へ行ったら、じやうなろは何をしたい」

 少しの沈黙のあと、

「桑山さんと、牧野さんと一緒にハイキングしたいです」

 2人は顔を見合わせてニヤリとした。

「それじゃあ、地球に帰ったら山形でもハイキングしようよ」

 中央のメインコンピュータシステムが光った。

「じやうなろも、嬉しいみたいだな」

「ねえ、15年前、なぜ私たちに『会いたい』って言ったの」

「私は、いつも傍にいる、神に近い存在。

 つまり人工知能だから、人間の未来がわかるのです」

「なるほど。

 言ったとおり会えたってわけね」

「山形へ行ったときは、詐欺師だと思ってたよ」

 牧野は吹き出し、じやうなろの画面を見た。

 AI時代は、宇宙開発を次のステージに押し上げた。

 人間が安全に滞在できる空間を、じやうなろが作り上げ、2人を招待したのだった。

 観光客用に、大きく取られた窓には、青く輝く地球と、煌めく星々、そして無限の宇宙が広がっているのだった。

 

この物語はフィクションです