勇者エルマン
やあ。
みんな。
俺は、ラルフ・エルマン。
よろしくなっ。
モンスターの脅威から、セーデルバウムを救うためにやってきた。
剣と魔法は何でもできる、万能の冒険者だ。
戦いを始める前に、仲間を集め、国王様に、あいさつしないとな。
セーデルバウム城は、最大の城塞都市だ。
武器も防具も、道具も、情報も、ここへくれば何でも手に入るぞ。
実は俺、初めてきたんだけど。
「お疲れさんです。
旅の冒険者なんですけど、世話役みたいな人って、どちらにいますかね」
城門を守る、衛兵の一人が、|怪訝《けげん》な顔でエルマンをみた。
「お前は、ここで名を上げようという|輩《やから》か」
「一応、王様に手紙をもらってます」
ポーチから、広げて見せた。
衛兵は、うさん臭いと顔をゆがめた。
「そういって、偽物を持ってくる奴が多いんだよ」
「まあまあ。
筆跡をお確かめになってからでも」
そして、かがんで凝視する。
するとみるみる目が見開かれた。
「筆跡は間違いなさそうだな。
エルマン。
名前は覚えたぞ。
中央に城がある。
だがその前に、左手の冒険者ギルドへ行くといい」
「ありがとう」
「いっておくが、手紙が本物でも、盗んだかもしれん。
妙な動きをすると、冒険者たちに狩られるぞ」
「紙切れ一枚で、信用されるとは思ってないよ」
衛兵は、警戒を解かなかったが、エルマンを通してくれた。
城門は、3階建ての建物ほどあった。
門を守る衛兵は、地平線あたりをずっと見まわしている。
王都セーデルバウムを守っているだけあって、立ち姿から、相当な腕前が感じ取れた。
「さあてと。
まずは、冒険者ギルドだったな」
全面石畳の往来は、人がたくさん行きかっている。
灰色や、ベージュの石に、華やかな装飾をほどこした街は見たこともない風景だった。
「すげえ。
さすが王都だな。
田舎町とは規模が違う」
人波は、奥にいくほど込み入ってくるようだ。
正面には、たくさんテントがみえた。
「買い物もしたいが、まず挨拶してこないとな」
言われた通り、左手の建物に入ろうとした。
「そこの冒険者よ。
まちなされ」
年老いた、おばあさんだった。
「なんだい。
ばあさん」
「私は、クリスタ・リンドロートという。
占い師だぞい。
悪いことはいわん。
ちょっと寄っていきな」
老婆は、水晶玉を取りだして、かざしてきた。
占い師というものに、初めて会った。
これからの冒険の行く末がきけるのだろうか。
「ふむ。
お前さんは、相当な|手練《てだ》れだねぇ。
人相に出ているぞえ」
「はっはは。
嬉しいこと、いってくれるじゃないか。
じゃあ、聞いてもいいかい」
細目で、皺だらけの顔が、ほころぶように見えた。
「なんじゃえ。
前世でも、これからのことでも、何でもいいぞえ」
「ほう。
前世は、何だったのかな」
「商人じゃよ。
かなりやり手だったようじゃのう。
今も、几帳面さを、引きついておる。
じゃが、モンスターにやられて死んだようじゃの。
やりなおしたいという怨念が、おまえさんを強くしたのじゃ。
それより、気になることがあるんじゃが」
「へっ。
商人だって。
あんまり戦いに、気が進まないのも、そのせいかなぁ」
占い師リンドロートは、水晶玉を凝視すると、眉間の皺を深くした。
「おまえさん。
魔王討伐に呼ばれたようじゃな。
かなりの重責を、一人でしょい込むことになるぞえ。
覚悟はあるか」
「そりゃあ。
やるしかないと思って、来たんだよ。
一人で重責を負うって、どういうことだい」
「前世が商人だったせいか、戦いを好まないようじゃな。
それが、お前さんを孤立させるかもしれん。
せいぜい、仲間選びは、慎重にしなされ」
何だか、見透かされたような気分だったが、占いも悪くはない。
「いくらだい」
「お代は、占いに満足したら払いに来ておくれ」
チップとして、30コルナを置いて、ギルドに入った。
中は人の熱気で、溢れていた。
薄暗い部屋に、たくさんの冒険者がひしめいている。
剣を持つ者、ローブを着た者、弓矢や槍を持つ、鎧姿の者、さまざまだった。
「さてと。
やあ。
俺、ラルフ・エルマン。
来たばかりでわからないんで、教えてもらいたいんだけどさ」
ニコニコと、笑顔を作って、甲冑を着た女性に近づいていった。
美人だけど、ちょっと近寄りがたい。
「なんだ。
新入りか。
あいさつなら、奥のカウンターへ行きな」
ぶっきらぼうに答えた。
まあ、よそ者だし、こんなものだろう。
言われた通り、奥のカウンターへ行くと、太っちょで貫禄がある女性が出迎えた。
「あら。
新入りさんね。
あなた、お名前は」
「ラルフ・エルマンです」
近くでどよめきが起こった。
「ラルフ・エルマンだって。
もしかして、国王様から」
「ああ。
手紙をもらって、冒険者ギルドに寄ったんだ」
筋骨たくましい、大きな斧を持った戦士が隣へやってきた。
「俺はアモール=エアニー・ハートナーだ。
斧戦士は、珍しいだろう。
あんた、もしかしてあの、ラルフ・エルマンか」
「名前は合ってるが、なにか|噂《うわさ》になってるのか」
「噂もなにも、国王様が直々に呼んだ、勇者だってんだから。
もっとゴツイ奴だと思っていたが、なんか拍子抜けだな」
「ちょっと、斧貸してくれないか。
剣を預かってくれ」
ハートナーの答えを待たずに、巨大な斧を持つと、片手で振り回してみせた。
「へえ。
純度が高い鉄だな。
15000コルナってとこかな」
「なに。
バカいえ。
50000コルナしたんだぞ。
特注の|鍛鉄《たんてつ》だ」
エルマンはため息をついた。
「おいおい。これのどこが鍛鉄だよ。
叩いた跡も、研いだあともないぞ。
ただの|鋳鉄《ちゅうてつ》を、軽く磨いただけだ。
まあ、|戦斧《せんふ》は、叩きつける武器だから、充分だけどな。
ただし、材質は本物だ。
だから15000コルナ。
俺ならもっと、まけるがね」
「あんた、何者なんだ。
その|膂力《りょりょく》といい、目利きといい」
「俺も、さっきまで知らなかったんだが、前世は商人だったらしい。
どうりで武器や防具が、好きなわけだ」
「なあ。
一緒に組まねぇか。
前衛に斧戦士がいれば、戦いやすくなるぜ」
「ありがたい申し出だな。
ちょっと、考えさせてくれ」
「なんだ、先約でもいるのか」
「いるような、いないような、だ」
「ちっ。
はっきりしねぇ奴だな。
俺はこの近辺にいつもいる。
気持が決まったら声をかけてくれ」
ハートナーは、外へ出ていってしまった。
「デーニッツさん。
国王様に謁見するのは3日後です。
それまでに仲間を探したいと思います。
この辺りに、小麦畑はあるでしょうか」
それを作れば、彼がやってくる
ヨーラン・ルルツは、教会にきていた。
セーデルバウムはモンスターに|蹂躙《じゅうりん》され、強い勇者の出現が待たれている。
毎日祈りを捧げ、救世主の出現を願った。
「ルルツさん。
この種をお分けしましょう」
吟遊詩人のマルコルフ・グライフェルトも、毎日教会にくる。
ときどき顔を合わせるので、あいさつする仲だった。
「これは、大事な小麦の種では」
「声を聴いたのです。
それを作れば、彼がやってくる、と」
手のひらの、小麦をみて、パンを心に描いた。
「今は、強い勇者が必要です。
生きていくために、パンも必要ですが。
グライさん。
彼とは、勇者のことでしょうか」
国民は、生活に疲弊していた。
いつまた、魔王軍の襲撃があるか、わからない。
「勇者は必ず現れます。
平和が訪れるまで、この小麦を育てて、待っていましょう」
神に祈りを捧げて暮らす人々が、教会の周りに集落を作っている。
小さなテントのような家が並び、周りを柵で囲っただけの、簡素なものだった。
周囲には、草原が広がっている。
風にザワザワと、|擦《こす》れる音を立て、人が隠れられるほどの背丈に伸びて、ところどころに、食べられる雑穀も混じっている。
だが、まとまった人数を養い、みんなが幸せに暮らすには、小麦畑がどうしても必要だった。
ここへ流れてきて、日が浅いルルツは、食料を分けてもらって食いつないでいる。
「しかし、ルルツさんのお陰で、我々は枕を高くして寝ることができますよ。
ありがとうございます」
グライは、ナイフでモンスターと戦うしかないが、ルルツには特殊能力がある。
先日、巨大なカエルのモンスターが現れたときには、この集落が壊滅するところだった。
「神のご加護を、信じるのです。
私は、その橋渡しをいたします」
そこへ、一人の冒険者がやってきた。
「結構遠いんだな。
デーニッツが、すぐそこだといってたが、もう日が暮れかけてるぞ」
剣を携えているが、鎧を身につけず、なで肩の男だった。
「やあ。
俺はラルフ・エルマンだ。
ここに小麦畑と教会があるって、聞いてきたんだけど」
小麦畑の草取りをしていた、グライが顔をあげた。
「エルマンさん。
私はマルコルフ・グライフェルトです。
ようこそいらっしゃいました。
もうすぐ夜になります。
ここで休んで行かれるといい。
この辺りにも、大型モンスターが時々現れますから」
「よく手入れされていますね。
もうすぐ収穫できそうだ」
エルマンは、教会に泊まることにした。
「夜は冷えますから、これをお使いください。
簡素な毛布を、グライが用意した」
「グライさん。
そろそろ暗くなる。
農作業は明日にするといい」
心配して出てきたエルマンが、声をかけた。
「暗くなると、麦が銀色に光って、それは美しいのです。
また、いつ荒らされるかわかりませんから、早く育つように手入れを怠らないのです」
そのとき、遠くで光るものをみた。
「むっ。
武器を持た者が近づいてくるぞ」
エルマンは身構え、敵に備えた。
広い草原の中、胸から上と武器を覗かせた男が近づいてくる。
「誰だ」
鋭く吠えるようにいった。
近づいてくると、その武器が斧だとわかった。
「よお。
エルマン。
こっちだと聞いてな」
昼間、冒険者ギルドで会った、斧戦士のハートナーだった。
「少々酒と食い物を持ってきた。
星を眺めながら一杯としゃれこもうぜ」
地べたに座ると、包みを取りだした。
「そこのあんたも、農作業はやめて、一杯やろうぜ」
大きな声で、グライを呼んだ。
「ありがとうございます。
ですが、私はこの畑を早く実らせなくてはならないのです」
「ちっ。
つまんねぇ奴だな」
ボソリとつぶやいた。
声を聴いて、テントからルルツが出てくる。
「ヨーラン・ルルツです。
今日は、2人もお客さんが来られましたね。
これも、小麦の種を、分けていただいたお陰でしょうか」
ひょろりとして、華奢な体つきのルルツは、小食だった。
自分の食料はあるからと、分け前を断ると、一緒に小麦畑を眺めていた。
ハートナーは、持ってきた酒をグイと飲み、顔を赤くした。
「男が4人いて、俺以外下戸とはなあ。
まあいい。
久しぶりに、外で飲む酒はうまい」
一人ででき上って、ゴロリと横になって、寝てしまった。
完全に日が暮れ、虫の声が、あたりを包む。
収穫の予感をさせた。
「これで、しばらく生き延びられそうです」
満足そうに、小麦を眺めてグライがいう。
「もうすぐ銀の若葉から、金の穂が出てきます。
パンをお恵みくださる、大事な小麦が、ようやく実をつけるのです」
「なぜ、魔王軍と人間の戦いなど、起こったのでしょう」
エルマンは、景色の美しさに、しんみりとした。
星空を眺めていたが、一部が欠けていることに気づいた。
「何かいる」
低くいったエルマンは、剣を抜き放つ。
グライは短剣を構えた。
ルルツは、目を閉じ、手のひらをくぼませて合わせた。
「まずい。
あれは、ドラゴンだ」
両翼をはためかせ、口から炎が|漏《も》れていた。
2体のドラゴンが、頭上を滑空している。
「炎を受けたらひとたまりもない」
ハートナーは、気持ちよさそうに、いびきをかいていた。
「ここはお任せを」
ルルツが手を開き、ドラゴンへ向けてかざした。
「精霊の力より生まれしものよ…
汝の真なる力を、覚醒させよ…
大地の恵みを守るため、聖なる力を今ここに現せ、召喚・シルフィード」
大地から沸き立つような、光の粒が立ち上る。
そして、凄まじい風が起こった。
「グオオオ」
巨大な姿が、風にあおられ押し返されていく。
次の刹那、粉々に砕け散った。
「風の精霊が、真空の刃を作り出したのです。
神のご加護のお陰です」
ルルツは手を組み、夜空に祈りをささげた。
戦士の舞
翌朝、エルマンは街へ戻ることにした。
「いやあ。
面目ない。
久しぶりの酒に、酔いが回ったようだ」
ハートナーは、頭を掻いた。
「俺は、仲間を探しに、街へでる。
ハートナーも、ここに留まってくれないか」
エルマンは、3人を残して、城門へと向かった。
朝露に濡れた草から、秋の虫の声が聞こえる。
朝の清々しい空気が、穏やかに包んでいた。
城門へと続く道へ出ると、視界が開けた。
「お疲れさん。
昨日はドラゴンが2体でたよ」
衛兵に声をかける。
「うむ。
召喚魔法で撃退したようだな。
召喚士はお前の仲間か」
「まだそう決まってないけど、多分仲間だ」
水汲みをする者が、城門から出入りする。
両天秤に桶を持つ者。
水瓶を抱えたり、頭に乗せたり。
護衛の冒険者たちが周りを固め、水場へと向かい、戻ってくる。
爽やかな朝の光景にも、この国の危機がにじんでいる。
「さてと。
まずはギルドに寄ってから、市場を覗いてみるかな」
どんな武器や防具が売っているか、昨晩から考えていた。
デーニッツは、カウンターで帳簿の整理などをしていた。