魔法のクリエイターと言われる理由、お教えします

人は知る。人は感じる。創作で。

【小説】寝不足のお坊さん、洋館へ行く。

闇にうごめく死霊

 

 草木も眠る丑三つ時。

 辺りの木々はざわめきを止め、夜の帳が妖しく上る。

 まるで魔界の口が開いたように、ポッカリと碧い影が林を呑む。

 虚空から闇の中へ、うごめく死霊が2つ。

 ゆらゆらと、光の尾を引いて、男の周りを飛び続ける。

 亜由美は息を呑んだ。

「ナウマク サンマンダ ボダナン……」

 男は異国の言葉で、静かに呪文を唱える。

 手にした錫杖を持ち上げると、地面に打ち付けた。

 シャン、と金属音をたて、まるで音波のように、光の輪が広がっていく。

 死霊が、しだいに形を帯びてくる。

 男が振り向いた。

 袈裟を着て、静かに目を閉じると大人びて見えるが、12歳のあどけない少年だった。

「亜由美さん。

 話をしてください」

 促されると、虚空を見た。

 徐々に実体を表し、地面に降り立つ。

「亜由美……

 済まなかった。

 苦労をかけるな」

「お父さん!

 お母さん!」

 目尻から涙をこぼし、死霊を抱きしめようとする。

 だが両腕は空を切った。

「せめて……

 あの洋館だけは、守ってくれぇ」

「亜由美……

 あの洋館には……

 きっとお坊さんが……」

「えっ?

 何?

 聞こえないよぅ」

 不意にもう一つ、炎をまとった狐が姿を現した。

「まずい!

 亜由美さん、

 離れて!」

 少年が錫杖を狐に投げつけた。

 同時に両手で印を結ぶ。

「オーン インドラーヤ スヴァーハー!!!」

 凄まじい雷鳴と共に、火の玉となって燃え上がった。

「ぎいやぁぁ」

 死霊はこの隙に、穴の中へと帰って行った。

 

 

 夜が明け、寝室で亜由美が寝息を立てている。

 住宅街の一角は、静寂を破り、あちこちで目覚まし時計の音が聞こえ始めた。

 小鳥のさえずり。

 秋の虫の声。

 1階のキッチンから、同居している祖母が朝食の支度をする物音がする。

 水道の音が高く響く。

「ふわぁ。

 今夜はやっと寝れそうだな」

 体力自慢のジクウでも、さすがに疲労の色が濃い。

 頬がこけ、目に隈ができた。

「ん…… 」

 起き上がると、亜由美は枕元で錫杖を抱いている少年に、会釈をした。

「すみません。

 私、寝てしまって。

 お陰で、両親に会うことができました。

 ジクウさん。

 ありがとうございました」

 深々と頭を下げ、ほつれた髪を掻き上げた。

「はは。

 綺麗なお姉さんと、7晩ご一緒してしまいましたね。

 へへへ」

 窓を空け、朝の陽を部屋に入れる。

 キラキラと、栗色の髪が煌めき、やつれた口元が、憂いに歪む。

「あの……

 洋館、とお父様が仰いましたね。

 何か心当たりが」

 頭を搔いたジクウが、はにかんだ笑いを消した。

「父は、小さな会社を経営していました。

 20年以上前、若くして社長になり、順風満帆だったときに、大きな洋館を建てたのです。

 でも、事業に行き詰まって、5年前に洋館で自殺を遂げました。

 ショックからか、母も肺を病んで、後を追うように……

 多額の借金があったので、相続はせず、洋館は競売にかけられたのです」

「なるほど。

 それで、その洋館の持ち主は」

「叔父が買い受けました。

 事故物件なので、ほとんど値がつかず、土地代だけで買ったそうです」

「お母さんが、気になることを言ってましたね。

 あの洋館には、と。

 何を言いたかったのでしょうか」

「それはわかりません。

 叔父が住んでいますので、知っているか聞いてみましょう」

 ジクウが、指を折って数え始めた。

「1,2、3……。

 お調べして差し上げたいのはやまやまですが、僕も商売をしていますので、申し上げます」

「はい」

「|祓魔師《ふつまし》レンタル契約は、今日で終了になります。

 7日間、寝ずに悪霊退治を続けましたので、追加料金をいただきます。

 基本料金が1日当たり1万円。

 追加料金が1日当たり5千円で、10万5千円になります。

 あの世の門が開くという、危険な事態が起こりましたから、さらに追加料金が発生します。

 でも狐が出ただけでしたから、サービスしましょう。

 洋館の件も、調査及び警護をご希望でしたら、改めて契約します」

 檀家が減ったせいで、お寺の経営は、年々厳しくなっている。

 宗教法人は優遇されるとは言え、祓魔師として危険な仕事をしなければ、大きな寺は維持できない。

「他にあてがないのです。

 お金はご用意します。

 追加料金を上乗せしますから、どうか両親の遺志を確かめさせてください」

 亜由美は地に伏して、|縋《すが》るような目でジクウを見上げた。

「ああ。

 すみません。

 そんなつもりでは。

 これではまるで、腹黒い|商人《あきんど》です」

 また頭を掻いた。