魔法のクリエイターと言われる理由、お教えします

人は知る。人は感じる。創作で。

【小説】ミッション・オブ・ロリー・ポリー

スペースシップ「ロリー・ポリー」

 

「緊急事態発生」

 AI「ポリー」の声が響き、警報ブザーが断続的に鳴る。

 当直の|三星 宏輝《みつほし こうき》は、操縦席へ飛びついた。

「今度は何だ」

RTG放射性同位体熱電気転換器)が故障しました」

「クソッ」

 モニターをコツンと叩いた。

 跳ね起きた|天城 空良《あまぎ そら》も近づいてきた。

「またですか」

「ああ、JAXEも地に堕ちたな」

「開発費をケチるからですよ。

 金がないって、モチベ下げますね」

「ポリー、ゼーダンに繋いでくれ」

 肩をすくめる天城をよそに、声高に叫ぶ。

「ホシ、どうした」

「警報見たでしょ。

 RTG故障だとさ」

 燃料計に異状はない。

 何度かデブリ宇宙ゴミ)のダメージを受けたので、配線が脱落したのだろう。

デブリの警報はなかったか」

「ない」

 船外カメラで確認すると、ツギハギだらけのエンジン回りが見える。

「外から目視で確認するか」

 三星は宇宙服に着替えると、エアロックへ向かう。

「ホシさん、気をつけてください。

 土星に近づいているのでデブリが増えています」

「わかってるよ。

 あと重力だな」

 土星の環に、大小さまざまな衛星や隕石が漂う。

 今回のミッションでは最大の衛星である「タイタン」に向かう。

 宇宙開発の目玉とも言える「地球外生命体」を見つけられる可能性が高いとされていて、地球からは大きな期待をかけられていた。

「この故障続きな現場の様子も中継してるのかね」

 ため息交じりに言う。

「JAXEとNASR、コール・ゼーダン火星基地に逐一報告いたします。

 地球の皆様には情報をひとまとめにしてから報道いたします」

 抑揚なく答えたポリーの言葉に顔を|顰《しか》めた。

 画面で船外活動準備の確認をする。

 そろそろ重力の影響を考えなくてはならない。

 船外に出れば巨大な土星とタイタンが眼前に迫っているはずである。

 窓から見るのとは違う。

 何度か船外から火星や地球、月を見たが宇宙船に守られていない、と思うだけで吸い込まれそうな恐怖を感じた。

 そして、妖しく魅了するスペクタクルに心を奪われた。

少年宇宙飛行士

 

 大学から帰ると、天城はパソコンに向かった。

 デスクの上には地球儀と天文時計のレプリカ。

 太陽系の惑星が、少しずつ動いていく様子が机上に再現される。

 壁には人工衛星と、スペースシップの位置が映し出され、少しずつ流れていく。

 まだ陽が高いが、星々の|瞬《またた》きと超新星ブラックホールの図像が天井までびっしりと現れる。

「JAXEからメッセージが届いています。

 読み上げますか」

「読んで」

 AIが感情を込めて朗読し始める。

「天城 空良様。

 宇宙航空研究開発省。

 先日実施いたしました『ミッション・オブ・ロリー・ポリー選抜試験』に合格しましたのでご報告いたします。

 つきましては ───」

 広げたデンマーク・ケーキをつまみ、超新星の画像を睨んでいた眼が泳いだ。

「受かった」

 弾かれたように飛び上がり、階段を駆け降りる。

 静まり返ったリビングに、タイタンの模型が飾ってあった。

 妖しく緑に照らしだされ、神秘の虹と呼ばれる色とりどりの大気と地面がゆっくりと対流する様子が飽きさせなかった。

 中学校から飛び級で大学へ入り、宇宙開発に関する勉強をしながら宇宙飛行士選抜試験を受けた。

 二千人を超える志願者の中、成績1位で合格。

 宇宙工学だけでなく、英語、ロシア語、中国語をはじめ、あらゆる分野を究め宇宙への情熱と危険を|顧《かえり》みない勇気を持つ。

 すべてを兼ね備えた宇宙飛行士に最年少で仲間入りを果たした。

 そして、最難関のミッションに応募し合格を果たしたのだ。

 嬉しさのあまり家の中を走り回り、友人に片っ端から連絡を取った。

 メッセージ確認後、JAXEのSNSで即時公開されたため、向こうからもメッセージが送られて来る。

「おめでとう」

「いいなあ」

「宇宙人紹介して」

 さまざまな声色で再生される。

コール・ゼーダン基地

 

 地球を覆いつつある二酸化炭素

 火星の大気は元々それで埋め尽くされていた。

 いわば、地球の大気の未来像かも知れない。

 そう単純ではないにしろ、火星の大気を人間が生活できる組成に変える研究が進められている。

 土壌には鉄分が多く、ほとんどの植物は育たない。

 藻類を育てるにも水がない。

 例外的にソテツは寒さにも強く、鉄分で元気になった。

 寒さ、といっても平均マイナス60度である。

 夏になれば過ごしやすい気温だが、冬にはマイナス130度ほどになる。

 重力が弱いから、地球ほどの大気を留められないのだ。

 まずは基地を作り、安定した環境でソテツを育て、徐々に火星の環境に慣らしていく。

 火星環境調整プロジェクトリーダーの三星の元にメッセージが届く。

「俺がロリー・ポリーに乗れって」

 少々声が裏返った。

 毎日火星の大気を分析し、ソテツの世話をしてきた研究員に、突然の左遷が言い渡された気分だった。

「コール・ゼーダンも、すでに500人を超える人間が生活するようになった。

 研究者としての仕事に一区切りをつけて、人類の夢を追うミッションに挑んでもらいたい」

 どうもスッキリしない話だった。

 宇宙飛行士になった三星は、火星に来ただけで満足だった。

 ソテツを育てる仕事にも不満はない。

 この先に人類の繁栄がかかっているからだ。

 そんな俺が、地球外生命体を求めて土星へ向かう ───

 窓から見える景色は、赤く燃え盛るように見える。

 薄い大気の天井は暗く、突風のように強烈な砂嵐が吹き荒れる。

 地球よりも星がたくさん見える夜、ビールをちびちびやりながら、培養肉を噛んでいた。

「宇宙人 ───」

 子どものころは夢見たし、マンガや映画でSFものを見れば大抵出てきた。

 だが、実際に宇宙へ来てみれば人間が生きていくには、あまりにも過酷な条件だった。

 科学技術が進んでも、生命誕生の仮説はあまり変わらない。

 生物は物質の化合物だろうか。

 ロマンチストではなくても、生命の特殊性を認めざるを得ない。

 意図的に栄養を注入し弱い重力で育てたソテツは数十メートルに育ち、大量の酸素を発生させた。

 扇状に青々と伸びた葉が、三星を慰め、背中を押すように見えた。

ガラスのシップ

 

 2030年代、人類は月面に1000人を送り込んだ。

 地球の地表から直線的に打ち上げるロケットは過去のものになり、飛行機をベースにしたスペースシップで安全に宇宙へ出られるようになった。

 シップには、様々な測定機器が取り付けられ、数字や画像のデータを送る通信技術も飛躍的に進歩する。

 10年前なら、細い通信網に乗せるため圧縮と間引きをしていたが、量子転送装置「スターネットワーク」によって膨大なデータを瞬時に送れる。

 人類初の「宇宙カメラマン」として月面基地に降り立った|美月 淑絵《みつき よしえ》は、愛機 Canon EOS R3000 を地球に向ける。

 防滴、防塵はもちろんこと、放射線もカットする。

 絶対零度にも、摂氏500℃の高温でも使える。

 宇宙服に身を包み、カメラを腹に抱え周囲を見渡した。

 数十センチの角ばったレゴリスが、気を抜くと足元をすくう。

 1/6の重力が辛うじて肉体を地面に押し留める。

 空は漆黒の闇。

 星がくっきりと見えた。

 地球で生まれ育った者にとっては、いくら眺めても飽きないスペクタクルだった。

 素晴らしい景観にしばたく立ち止まってシャッタを切り続ける。

 カメラマンにとって、物を見る行為はシャッターボタンを押す行為である。

 赤外線モード、放射線モードでも撮影し、肉眼で見えないものも捉えた。

 もう撮るものがない、と感じた美月は基地の自室に戻った。

 最新の宇宙服で守られた肉体には、ほとんど発汗がなかった。

 鏡の前に座り、少々崩れたメイクを直す。

 宇宙では水分が浸透しにくいため、皮膚の表面に乗せただけの口紅が崩れやすかった。

「美月様、基地所長がお呼びです」

 メッセージに従って、所長室に入った。

「火星に向かってください。

 ミッション・オブ・ロリー・ポリーに選ばれました」

 所長は口角を上げ、短く端的に言った。

 月の生活に憧れてやってきた美月は、火星、そしてタイタンに向かうミッションに参加できると聞いて小躍りして喜んだ。

「でも、なぜカメラマンの私なのでしょうか」

「未知の生命を見逃さずにシャッターを切る。

 歴史的な画像を期待してのことでしょう」

 早速月から火星へ向かうスペースシップの席を押さえた。

 ガラスのシップと呼ばれ、360度どの方向へも窓がついていた。

 シップに乗り込み、地球のジャンボジェットのエコノミークラスのような狭い座席に身体を押し込んだ。

 窓からは月面の白い砂丘が見え、足元にはゴツゴツしたレゴリスが積み重なっている。

「皆様、この度は火星行きスペースシップ、通称「ガラスのシップ」をご利用いただき、誠にありがとうございます。

 当機は最新技術により光速の半分ほどまで加速いたします。

 安全には十分配慮いたしますが、太陽フレアデブリの影響で揺れることがございます。

 シートベルトサインが点灯したら、装着をお願いいたします」

 ベルトを確かめていると、シップが静かに垂直離陸を始め、地面から離れた感覚がシート越しに伝わった。

謎の影

 

 宇宙空間は、ほぼ真空である。

 そして惑星の大きさは想像を絶するスケールだ。

 壁を蹴って船外に出た三星は手すりを頼りに推進装置へ回り込む。

 何度も繰り返した手順で電気系統のカバーを外した。

 赤、青、黄、緑など色分けされたケーブルがうねり、整然と並ぶポートに小さな光が見える。

 一本ずつ異状がないか丁寧に辿っていく。

 |固唾《かたず》を飲んでカメラの映像を見守っていた天城は、ふと三星の後ろにあった星が数個消えている気がした。

「ホシさん、後ろに影があるように見えるのですが」

 手を止めた三星が身体ごと反転して宇宙空間に目を凝らした。

土星の方です」

 確かに、星空が欠けている。

 欠けた部分が段々と広がっていく。

 つまり、何かが近づいてきているのだ。

「投光器で照らせ」

 鋭く言うと影が赤黒く浮かび上がった。

 |紐《ひも》のような長い触手と、足をたくさん伸ばしている。

 何本かをこちらへ向けて、ゆらゆらと|靡《なび》かせながら真っ直ぐに近づいてくる。

「一度船内に戻ってください」

 天城の声が震えている。

 重力があれば腰を抜かして座り込んでいたかも知れない。

 胃袋が縮みあがり、呼吸が浅く速くなった。

 心臓が|早鉦《はやかね》のようにうるさくなる。

 後ろ手に手すりを掴み、視線は宇宙人に釘付けになった。

 近づいてくると、長い触手の先に鎌のように曲がった爪も見えてきた。

 鋭く大きな牙が丸く口元に濡れた光を放っていた。

 ああ、俺はあの口で手足を食いちぎられて、なぶり殺しになるのか。

 恐ろしさのあまり手足に力が入り、身体が一本の棒のようになった。

「|南無阿弥陀仏《なむあみだぶつ》」

 宇宙人は、数十メートル先まで迫ってきた。

 そしてふと、視線をタイタンに移した。

 つられて三星もタイタンを見る。

「タ・ラム ───」

 宇宙人の声だろうか。

 聞こえる、というより直接脳に語りかけるようだった。

「タラム ───」

 オウム返しに呟いた。

三星さん、今の聞こえましたか」

「ああ、お前もか」

 地球に残してきた娘の顔が、ふと浮かんだ。

「ソラ、もし地球に帰れたら、娘にメッセージを伝えてくれ。

 父さんは人類史上初めて宇宙人に遭遇し、人類の未来のために犠牲になったと ───」

 目を細めたタラムは、さらに近づいてきた。

戦場カメラマン

 

 隣りの窓にカメラを構え、宇宙人を撮る人影に気づいた。

「ミツさん」

 連続撮影のシャッター音を止めて、美月が振り向いた。

「寝てる場合じゃないわね。

 さっきの、アレが喋ったの」

 興奮して早口で質問した。

「そうです。

 ホシさんにも聞こえていました」

 声を震わせて話すと、また外へ視線を移す。

 もう数メートルまで迫っていた。

 宇宙人は、触手を一本伸ばしてきた。

 ぐにゃぐにゃと柔らかく動いていた触手が、棒のようにまっすぐ伸びていく。

 間近で見ると、光沢がある。

 粘液で潤っているのだろうか。

「タラム、人間の研究サンプルが欲しいなら、俺を連れて行ってくれ。

 その代わり、中の2人は見逃してくれ」

 頭を下げて、声を絞り出す。

 言葉が通じたのか分からないが、いくぶん動きが緩やかになった。

 ついに触手が三星の脇腹に触れた。

「ミツさん、何をするつもりですか」

 手早く宇宙服を身につけ、エアロックに入ってしまった。

「窓越しに撮ったんじゃ、プロの仕事じゃないよ。

 写真は、身体張ってなんぼさね」

「せめて銃を持って行ってください」

「私にとっちゃ、こいつが銃さね」

 カメラを持ち上げて見せた。

「ミツ、来るな。

 死ぬのは俺一人で充分だ」

「殺すつもりなら、シップにいたって一緒だよ」

 船外に出ると、壁を伝ってタラムに近づいていく。

 |遮蔽物《しゃへいぶつ》なしで見ると、生きた心地がしなかった。

 三星は目を閉じ、手を合わせて念仏を唱え始めた。

エンジニアとして

 

 触手は三星の脇をすり抜け、|蓋《ふた》を開けた配線をいじり始めた。

 一本一本、感触を確かめるように触手が撫でる。

「シップを壊すつもりか」

 タラムはもう一本触手を伸ばし、いじくり始める。

「タ・ラム、直す。

 するな。

 心配。

 エンジニア」

 タラムの声が響く。

 触手掴んでやめさせたいが、怒らせると何をするかわからない。

 目の前にはタイタンがターコイズブルーの光を放っていた。

「ホシさん、警報が止まりました。

 直ったんですね」

 もうダメだと顔を|覆《おお》っていた手を少し開いた。

 タラムがこちらを見つめている。

「直る。

 スペースシップ」

 ゆらゆらと触手を動かしながら、大きな目を輝かせた。

「ここにいる。

 君たち。

 する」

 断片的だが、意味のある言葉を喋っていると思い始めた。

 3人とも日本人なので、日本語で話している。

 会ったばかりのタラムは、すでにある程度コミュニケーションができるようになっていた。

「私たちはタイタンに降りて地球外生命体の手がかりを探すつもりだった。

 でもタラムに出逢ってしまった」

 天城は|頷《うなず》いた。

 タラムは、三星の目線を追ってタイタンに目をやった。

 美しい。

 宇宙を旅すると、常に死の影が忍び寄ってくる。

 遠くの星々は、産まれては消え無常の世界を描いている。

 タイタンは、人類に何をもたらすのだろうか。

 ぼんやりと考えていると、タラムも同じ方向を見ていることに気づいた。

「タラム、タイタンには何がある」

 触手をくねらせて、目を細めた。

「人間、タイタン、毒。

 ガス。

 身体、凍る。

 なぜ行く」

 タラムの眼は澄んでいた。

 触手の滑りも、星を写し輝いて見える。

 スペースシップを直してくれた。

 我々は誤解していたのかも知れない。

 人間は万物の|主《あるじ》であるなどと驕っていたのだ。

「何か、アドバイスがあるなら言ってくれ」

 触手に触れると、宇宙服越しに生命の波動のようなものを感じた。

宇宙の波動

 

「ホシ、中、入れ。

 タ・ラム、シップ、強くする」

 シャッターを切る美月の方に顔を向けると、

「カ、メラ、動かない。

 電気、乱れる」

 触手を持ち上げながら、言った。

「あれ、そう言えば感触がおかしいと思ったのよね」

土星の磁場か、太陽フレアかわからんが、強い電磁波が障害を引き起こしている」

 美月は肩をすくめた。

 2人はエアロックに戻り、中からタラムの作業を見守ることにした。

「ねえ、大丈夫なの」

「タラムは信頼できる。

 俺たちは地球から飛び立ったとき、宇宙に命を預けただろう」

「まあね。

 遺書を書いてきたわ」

 宇宙側の扉を閉め、酸素と窒素、二酸化炭素など、地球の大気に近い組成の空気が|充填《じゅうてん》されていく。

 内側の扉を開くと、天城が立っていた。

「どうなることかと思いましたよ」

「タラムが外で何かしてるわ。

 私はまだ落ち着かないけどね」

「強力な磁場を検出しました。

 RTG放射性同位体熱電気転換器)の不具合は、土星の磁場が原因だったようです」

「てことは、さっきタラムは電気回路の誤作動を直したのか」

「恐らくは」

「で、今何をしてるのだろう」

 3人は窓から外を覗いた。

 タイタンの青白いオーラのようなものが広がっていた。

 船外カメラには異状がなかった。

 モニターで映し出すと、タラムが触手を何本も伸ばして、カバーを開けているところだった。

「何をしているんだ」

 声が届いたのか、こちらをちらりと見た。

「ゴロゴウス。

 ここ、来る。

 守る。シップ」

 ただならぬ雰囲気を、タラムの眼が訴えている気がした。

ロリー・ポリー

 

「危険が迫っているのか」

「逃げきれない。

 来る。危険。

 壊す、殺す。

 ゴロゴウスたち」

「ダンプリングしてやり過ごせないか」

 シップには、緊急時にシールドを張りめぐらせ、船体を球体にして守る機能が備わっている。

 ダンプリングと呼ばれる形体に変形すれば、電磁波や熱、物理的な攻撃に最大限の防御体制を取れるのだ。

「武器、ひも。

 効かない、銃」

 ロリー・ポリーは探査用のスペースシップである。

 想定外の敵と交戦するならば、小さな機銃を使うかダンプリングしてやり過ごすしかない。

 主にタイタンの過酷な超低温に耐えるための機能だが、放射線やフレアにも耐えることができた。

「ゴロゴウスは、何をしにくるんだ」

 夢中になって触手を細かく揺らしていたタラムが、顔をこちらへ向けた。

「爆破、タイタン。

 メタン、隕石で着火」

 メタンを爆発させるためには、火種、空気、温度の三要素が必要である。

 可燃性ガスが充満していても、タイタンは超低温であるため安全とされていた。

 だが、もし巨大隕石が衝突したら、急激に温度が上がり酸素を合成したら。

 三星は瞬時に可能性を計算した。

「なくは、ないな」

 天城は頷いた。

 タラムは、我々に危険を知らせに来たのだ。

 だとすれば、探査どころではない。

 いつの間にか、シップの壁からいくつかの突起が突き出ているのに気づいた。

「これが、武器なのか」

「来る、ゴロゴウス。

 する。ダンプリング」

「コール・ゼーダン、こちらロリー・ポリー。

 エマージェンシー。

 予期せぬ危険が迫っている模様。

 ダンブリングする」

 鉄壁の防御態勢であるダンブリングをすれば、通信もできなくなる。

 天城も美月も、不安の色を見せた。

「ねえ、タラムは本当に信用できるの」

 改めて聞かれると、信用するに足る根拠がなかった。

 天城は一つ、大きく息を吐いた。

「まあ、宇宙には宇宙の掟があります。

 タラムの行為はそれだと信じましょう」

「困っている者に手を差し伸べよ」

 宇宙人が何を考えているのか、知る由もなかった。

 タラムはなぜ近づいてきたのか。

 迫り来るゴロゴウスの脅威とは。

 完全な球体に変形したシップは、謎の突起物を漆黒の闇に向けて静かに漂っていた。

 

つづく

 

 

この物語はフィクションです