山深い温泉宿へやってきた青山は、部屋に通されるとパソコンを取りだした。
グラフを睨みつけながら舌打ちをする。
「また下がりやがったな ───」
FXトレーダーは世界中のニュースをチェックする。
インターネット時代には、端末が一つあれば成り立つ仕事である。
「ようこそいらっしゃいました。
ごゆっくりお過ごしください」
女将が三つ指をついて挨拶しても、パソコン画面から目を離さない。
グラフの上下以外に関心事がないかのようだ。
「夕飯は何時だっけな」
女将の話が頭を素通りしていて、まったく覚えていなかった。
フロントに電話すると、うこぎ飯を用意していると聞いた。
「うこぎ飯って何だ?」
夕飯は、質素な印象だが色鮮やかな食材が印象的である。
中でもごはんの彩りと香りが良くて、食欲をそそる。
「これは ───」
飯を上手いと思って食べたことがあっただろうか、と思うほどだった。
口の中にふわりと心地よい香味が広がり、噛むとシャキシャキする。
頭の中にあった為替レートのグラフが消え、夢中になってほお張ってお代わりしてしまった。