魔法のクリエイターと言われる理由、お教えします

人は知る。人は感じる。創作で。

【小説】猫とほへ顔

婚活女子

 

 カタカタ……

 薄暗い和室に、響くワープロ

 インターネットでチャットをして、気の合うパートナーを探す「シャ・トロワ」に入会したばかりの|花ヶ前 真由美《はながさき まゆみ》は、年頃の男子と話すことに熱中していた。

 35歳になるまで、男性とつき合ったことがない。

 仏様のように細目で穏やかな「ほへ顔」女子だからだろうか。

 一週間に2人ずつ、データマッチングした相手が表示される。

 顔写真、職業、家族構成、住所、年収、一言コメントなど、課税証明書と戸籍抄本で照合するからウソはない。

 1人の男性に目を留めた。

「ほへ顔男子 ━━ 」

 男は横線を2本引いた、見事な細目である。

 驚くほど、観音様に似ていた。

 早速チャットに誘う。

「はじめまして。

 花ヶ前 真由美です。

 プロフを拝見しました。

 もしよろしければお話しませんか」

 始めはこんな感じで相手の出方をみる。

「こんばんは。

 |志保 宗親《しほ むねちか》です。

 チャットだけではアレですから、お会いして話しませんか」

 早速会う約束を取りつけた。

 今週末、午前中にお互いの中間駅改札で。

 ごく普通の設定だった。

 ほへ顔は、印象に残りにくい。

 真由美は宿命的に、普通の女子人生を生きてきた。

 美人ではないが、ブスというほどでもない。

 学校の成績は、秀才ではないし落ちこぼれてもいない。

 いつも平均点くらいだった。

 スポーツも、一応満遍なくできる。

 だが、活躍した記憶はない。

 こんなほへ顔女子に目をつけた、ほへ顔男子はどんな男か気になってきた。

「きっと、何もかも普通なんじゃないかな」

 妙な期待に胸を膨らませて、チャットで軽く婚活の話などをしていた。

ほへ顔男子

 

「あれ。

 チャットが開いてるぞ」

 ほへ顔男子の宗親は、39歳になっても女の子とつき合ったことがない。

 「シャ・トロワ」に入会して1年たったが、数人と会っただけでロクに活動していなかった。

 高校時代や大学時代には、周囲にカップルが多かった感じがする。

 けしかけられて告白してみたりしたが、映画を見に行ったり、テーマパークに行ったりしておしまい。

 そんな青春だった。

 学校の成績は中程度。

 中堅レベルの大学へ進学したものの、役に立つのかわからない文学を研究してそれなりの論文を書いた。

 パソコンに向かって、インターネットをしたり読書したりすることが楽しみである。

 スポーツは好きだが、これといって活躍したこともない。

 部活は中学からテニス部で頑張っていた。

 大会にも出たが1回戦負け。

 そんな宗近に女性がアプローチしてきたのだ。

 アドバイザーに言われた通り、お互いの中間駅で会う約束を取りつけた。

「まあ、ここまでは行けるんだけどな」

 今まで5人と会って話をした。

 始めは何か進展があるのではと期待していたが、5回目は半ば諦めた。

 女とは一生縁がないのでは、とさえ思えた。

待ち合わせ

 

 土曜日午前9時。

 三ノ割駅改札前に突っ立っている宗親は、周囲の風景に溶け込んでいた。

 人が良さそうに見えるのか、おばあさんが新宿への行き方を聞いてきた。

「ちょっと調べてみますね。

 ここからだと複数の行き方があります。

 一番速いのは…… 」

 親切に乗換案内で最速の行き方を教えてあげた。

 感激したおばあさんは、バッグの中からみかんを取りだした。

「ありがとうよ。

 最近の若いもんは、話しかけにくいっていうかさ。

 あんたはその点、どっかで見たような顔してるからさあ。

 おっと。

 気を悪くしなさんな」

 みかんをポンと、手のひらに乗せてニッコリ笑った顔は、皺の中に目鼻口が隠れてしまいそうだった。

 背中越しに手を振って改札の中へと入っていった。

「ふう。

 どっかで見た顔か…… 」

 菩薩のような ほへ顔 で、得したと思ったことはない。

 親しみやすい、ありふれた顔なのか。

 あるいはお年寄りが、観音様を思い浮かべて言ったのか。

 こんな自分に幸せが訪れるのか、自信がなくなった。

 ふと、地面を見つめている自分に不安がよぎる。

「おっと。

 いけないな。

 顔を上げていないと、幸せが逃げていきそうだ」

 約束の時間が近づいてきた。

 宗親は、いつも待ち合わせ時間よりかなり早く現地へ行く。

 遅刻はしないし、遅刻する人の気持ちが理解できない。

 何事も中庸な人生を好む性格が、予想外のできごとを遠ざけて時間に厳しくなっていたのだ。

 突然スマホが振動して、画面を見る。

「ごめんなさい。

 ちょっとだけ遅刻します」

 真由美からだった。

 遅刻するというのに、理由が書かれていない。

 言い訳しない感じがして、好感が持てた。

「次の電車は……

 10分後か」

 ちょうど電車から降りた人波が、改札でピッ、ピッと音を立てて通り過ぎた。

 駅前はせわしない。

 速足で歩く人が多いから、立っていると置いて行かれた気分になる。

 何をするでもなくボーッと、駅前の看板などを眺めていた。

 次の電車が到着した。

 胸が高鳴り、緊張の糸が張りつめていく。

「あの。

 志保さんですか」

 声をかけられてハッとした。

 写真よりも、ずっと綺麗に見えた。

花ヶ前さんですね

お見合い

 

 並んで歩きながら近くのカフェに向かった。

 あらかじめ地図を調べて目星をつけていた。

 駅から近くて、落ち着いて話せそうな雰囲気の無難なカフェである。

「ここなんだけど。

 いいかな」

「ええ。

 入りましょう」

 初めて会うときは、1時間程度で切り上げる。

 様子を見ながら話すと、思いのほか疲れるものだ。

 これは「シャ・トロワ」から毎月送られる雑誌に載っていた。

 2人はそれぞれブレンドコーヒーだけを注文して、席についた。

 通りに面した側は、全面ガラス窓になっている。

 明るい自然光が店の奥まで入り、開放的な雰囲気である。

 椅子は硬めのソファだった。

 ほっと一息つける程度の快適さがあった。

「来たことあるんですか」

 真由美が何気なく聞いた。

 ちょっと間をおいて、

「いえ。

 初めてだから外れがなさそうなところをと思って、よくあるチェーン店にしました」

 宗親は素直に答えた。

「志保っていう苗字、珍しいでしょう」

「そうですね。

 よく言われますか」

 こんな些細な話題から、話し始めた。

 ほへ顔同士という、強烈な|繋《つな》がりがある。

 きっとお互い、普通を好む穏やかな性格だと直観していた。

「僕の紹介文にも書いたんですが、この通り外見も普通で勉強も運動もそこそこなんです。

 顔に自信あるわけでもないし。

 特徴的なのは名前くらいです」

「婚活を始めたきっかけは何ですか」

 月並みだが、真由美はこの質問をあらかじめ用意していた。

 本質的で、素直な疑問である。

 婚活をしているのだから、結婚願望があるかといえば、そうでもない人もいる。

 親に勧められて、なんて言われるとちょっぴり残念な気分になる。

「実は、親に勧められて始めました」

「えっ」

 真由美は虚を突かれた。

 親に勧められたなんて、いい年して恥ずかしいと思うのではないかと踏んだからだ。

 あっけらかんとして、むしろ好感が持てた。

「私は、そろそろ婚期を逃すと後悔するかと思って始めました。

 やっぱり、会う人にみんなこんな話をしますよね」

「まあ。

 婚活を話題にするのは無難ですよね」

 くすっと笑った真由美が、ちょっぴり可愛らしかった。

 送られたデータで、仕事や家庭環境もお互いに知っているが、確認するようにデータをなぞっていく。

 店内は人が少なくて、ジャズだけが優しく響いていた。

 コーヒーを30分ほどで飲み終え、宗親はお代わりをした。

 真由美はトイレに立った。

 席で独り待ちながら、まんざらでもない雰囲気になった自分に言い聞かせた。

「焦るなよ。

 まだまだ先は長い。

 今日のところは様子見だ」

幸せの予感

 

 宗親は冷静を装っているが、結構惚れっぽい。

 期待を裏切られたときに、傷つくことを畏れて冷静な態度をとるところもあった。

 戻ってきた真由美の顔が、こころなしか微笑んでいるように見えた。

「ねえ。

 宗親さんは理想の家庭とかあります? 」

 いきなり下の名前で呼んだことに驚いたが、核心を突いてきた。

 もしかして、脈があるのかと思い始めた。

「え……

 ええ。

 もちろんありますよ。

 結婚したら、しばらく2人で過ごしたいかな。

 それで、子とも2人くらい育てる感じで」

 あいまいだった将来のビジョンが、急に口を突いてでた。

「へえ。

 いいですね。

 婚活してるんだから、考えますよね」

 それから、仕事のことや近所の人のことなど、取り留めなく話した。

「あっ。

 そろそろ1時間ですね」

「何だか、あっという間だったわ」

「じゃあ、行きましょう」

 窓の陽射しが温かく、木目調のテーブルが映えて見えた。

 入ったときには気づかなかった、観葉植物やショーケースのケーキなどが色鮮やかだった。

 駅に向かう道すがら、

「三の割駅で降りたの初めてで。

 結構お店とか多いんですね」

 などと街並みを眺めながらのんびり歩いた。

「それじゃ、今日はありがとう」

「こちらこそ」

 穏やかな笑顔を交わし、別々のホームへ別れて行った。

 電車に乗り込むと、スマホを開きメールを打つ。

 これも、雑誌に書いてあったアドバイスだった。

 すぐにメールでお礼をして、印象アップするのである。

 翌日。

 真由美からメールが届いた。

「私、ラナ・シーの曲が好きなんです。

 こんな女子をどう思います? 」

「ラナ・シー、僕も好きだよ」

 と返しておいたが、さっぱりわからなかった。

 さっそく調べて聴いてみると、悪くない曲だった。

 真由美は異世界に住んでいたかのように、さまざまな驚きと発見をもたらしていく。

メル友

 

 宗親は律儀なので、メールに気づくとすぐに返した。

 仕事中も、空き時間にこっそり返し続ける。

「きょうはいい天気ですね。

 仕事するにはもったいないと思いませんか」

「同感です。

 早く週末にならないかな」

 こんな、他愛ない会話を続けるうちに習慣になっていった。

「私たちって、もしかしたら気が合うのかもしれませんね」

「今度の土曜日、お台場へ行きませんか。

 車出しますから、三ノ割駅から。

 どうですか」

 思い切って、振ってみた。

「いいですね。

 新しいテーマパークができたって聞きました」

 トントン拍子に進み、土曜日になった。

「おまたせ。

 じゃあ、どうぞ」

 まだぎこちなさがあるが、彼女と一緒にいると楽しくなった。

 予定通り、ゲーム会社のテーマパークで遊び、ショッピングをして、元来た道を帰る。

 宗親は、女性と話すのが苦手である。

 もともと無口なのだが、街並みを観察して話が途切れないように話題を探し続けた。

 頑張った甲斐あって、沈黙することなく一日を終えることができた。

「今日は楽しかったよ。

 じゃあ、またメールするね」

 笑顔で手を振る彼女が、輝いて見えた。

 また、すぐにメールをする。

 ジェットコースターのようなアトラクションが面白かったとか、大きな観覧車に今度は乗ってみたいとか共通の話題に事欠かなくなった。

 家ではラナ・シーの曲を聴き、文章に織り交ぜる。

 真由美は友だちの話などで話題を膨らませ、しだいにお互いの生活を理解し合うようになった。

 携帯電話のショップで働く真由美は、テキパキとした仕事ぶりを感じさせたが、ときどき愚痴も言った。

「僕で良ければ、愚痴を聞くよ」

 出不精な宗親は、飲み屋で話す方が性に合っている。

 だから、仕事の愚痴などの聞き役に徹するのは苦にならなかった。

「そろそろ、愛称で呼んで丁寧語もやめませんか」

 真由美は思い切って提案する。

 もちろん距離感を一気に縮めるためである。

「そうだね。

 それじゃあ」

「ムッチーはどう」

「それいいね」

「じゃあ、縮めて真由ちゃんでいいかな」

 1日数十回SNSでやり取りが続いた。

三度目

 

「女性と3回会うなんて、新記録だな」

 今週末は、やはり三ノ割駅前の飲み屋チェーンで開店すぐを狙った。

 1度目は様子見。

 2度目はアトラクションでお互いを知る。

 3度目は落ち着いて話をする。

 完璧な流れに思えた。

「お待たせ」

 真由美は待ち合わせ時間より前に来た。

「お酒は飲める? 」

「ええ。

 まあ、普通程度だけどね」

 彼女は笑顔を絶やさない。

 宗親も決して絶やさないようにしている。

 夕方5時に店に入った。

 店内はガランとしていて、ゆっくりするにはいい時間帯だった。

 早いので、広めの座敷に通される。

「ふう。

 落ち着いたね」

「そうね」

 お通しと水に手を付けると、中ジョッキをお互い注文した。

 いつものように、メールでやり取りしたことを話していた。

 1時間半くらいたっただろうか。

 真由美がポツリと言った。

「婚活って…… 難しいね」

 宗親は次の言葉を飲み込んだ。

 意味は瞬時に理解できた。

 口元を引き上げる筋肉が緩むのを感じる。

 窓の外は、暗くなりかけていた。

 テーブルに目を落とし、彼女の気持ちを悟った。

「そうだね…… 」

 重たい言葉だった。

 しばらく重たい沈黙が続く。

 宗親はビールを一気に流し込んだ。

 勘定は割り勘のまま。

 2人は駅へと向かう。

 改札を通るとき、

「いろいろありがとう。

 お互い、プラスに考えて頑張ろうね」

 彼女のトーンは下がっていたが、誠実さが感じられる。

「じゃあ、またね」

 宗親は、人と別れるときに「さようなら」を言わない。

 生きている限り、いつかどこかで会う可能性があるからである。

 再会を望むわけではない。

 だが、追い詰められた気分だった。

ありがとう

 

 ある歌手のヒット曲に「いいお友達ばかり増えていく」という一節がある。

 つき合うとか、結婚とか具体的に進展しない関係ならばそうなってしまうだろう。

 宗親には、それが受け入れられそうもなかった。

「お断りするなら、早い方がいい」

 振り返ってみると、自分は頑張って話題を作り、笑顔を作り、マニュアル通りにお見合いを進めていた。

 彼女も同様だった。

 顔も性格も、何もかも普通の自分が無理をしてキャラづくりをしていたのだ。

「もしも、自然に振舞っていたらうまくいったのかな」

 つぶやいてみたが、うまくいくプランが見いだせなかった。

 すぐに、お断りの通知を「シャ・トロワ」へ送った。

 彼女にも届いたはずだ。

 いったい、何を感じるだろうか。

 とても気になったが、お断りした後のアクションはルール違反である。

「さようなら」

 翌日、彼女もお断りを入れたことが、通知された。

 

 

この物語はフィクションです

目 次

 

婚活女子 2

ほへ顔男子 3

待ち合わせ 4

お見合い 6

幸せの予感 8

メル友 10

三度目 12

ありがとう 14

 

婚活女子

 

 カタカタ……

 薄暗い和室に、響くワープロ

 インターネットでチャットをして、気の合うパートナーを探す「シャ・トロワ」に入会したばかりの|花ヶ前 真由美《はながさき まゆみ》は、年頃の男子と話すことに熱中していた。

 35歳になるまで、男性とつき合ったことがない。

 仏様のように細目で穏やかな「ほへ顔」女子だからだろうか。

 一週間に2人ずつ、データマッチングした相手が表示される。

 顔写真、職業、家族構成、住所、年収、一言コメントなど、課税証明書と戸籍抄本で照合するからウソはない。

 1人の男性に目を留めた。

「ほへ顔男子 ━━ 」

 男は横線を2本引いた、見事な細目である。

 驚くほど、観音様に似ていた。

 早速チャットに誘う。

「はじめまして。

 花ヶ前 真由美です。

 プロフを拝見しました。

 もしよろしければお話しませんか」

 始めはこんな感じで相手の出方をみる。

「こんばんは。

 |志保 宗親《しほ むねちか》です。

 チャットだけではアレですから、お会いして話しませんか」

 早速会う約束を取りつけた。

 今週末、午前中にお互いの中間駅改札で。

 ごく普通の設定だった。

 ほへ顔は、印象に残りにくい。

 真由美は宿命的に、普通の女子人生を生きてきた。

 美人ではないが、ブスというほどでもない。

 学校の成績は、秀才ではないし落ちこぼれてもいない。

 いつも平均点くらいだった。

 スポーツも、一応満遍なくできる。

 だが、活躍した記憶はない。

 こんなほへ顔女子に目をつけた、ほへ顔男子はどんな男か気になってきた。

「きっと、何もかも普通なんじゃないかな」

 妙な期待に胸を膨らませて、チャットで軽く婚活の話などをしていた。

ほへ顔男子

 

「あれ。

 チャットが開いてるぞ」

 ほへ顔男子の宗親は、39歳になっても女の子とつき合ったことがない。

 「シャ・トロワ」に入会して1年たったが、数人と会っただけでロクに活動していなかった。

 高校時代や大学時代には、周囲にカップルが多かった感じがする。

 けしかけられて告白してみたりしたが、映画を見に行ったり、テーマパークに行ったりしておしまい。

 そんな青春だった。

 学校の成績は中程度。

 中堅レベルの大学へ進学したものの、役に立つのかわからない文学を研究してそれなりの論文を書いた。

 パソコンに向かって、インターネットをしたり読書したりすることが楽しみである。

 スポーツは好きだが、これといって活躍したこともない。

 部活は中学からテニス部で頑張っていた。

 大会にも出たが1回戦負け。

 そんな宗近に女性がアプローチしてきたのだ。

 アドバイザーに言われた通り、お互いの中間駅で会う約束を取りつけた。

「まあ、ここまでは行けるんだけどな」

 今まで5人と会って話をした。

 始めは何か進展があるのではと期待していたが、5回目は半ば諦めた。

 女とは一生縁がないのでは、とさえ思えた。

待ち合わせ

 

 土曜日午前9時。

 三ノ割駅改札前に突っ立っている宗親は、周囲の風景に溶け込んでいた。

 人が良さそうに見えるのか、おばあさんが新宿への行き方を聞いてきた。

「ちょっと調べてみますね。

 ここからだと複数の行き方があります。

 一番速いのは…… 」

 親切に乗換案内で最速の行き方を教えてあげた。

 感激したおばあさんは、バッグの中からみかんを取りだした。

「ありがとうよ。

 最近の若いもんは、話しかけにくいっていうかさ。

 あんたはその点、どっかで見たような顔してるからさあ。

 おっと。

 気を悪くしなさんな」

 みかんをポンと、手のひらに乗せてニッコリ笑った顔は、皺の中に目鼻口が隠れてしまいそうだった。

 背中越しに手を振って改札の中へと入っていった。

「ふう。

 どっかで見た顔か…… 」

 菩薩のような ほへ顔 で、得したと思ったことはない。

 親しみやすい、ありふれた顔なのか。

 あるいはお年寄りが、観音様を思い浮かべて言ったのか。

 こんな自分に幸せが訪れるのか、自信がなくなった。

 ふと、地面を見つめている自分に不安がよぎる。

「おっと。

 いけないな。

 顔を上げていないと、幸せが逃げていきそうだ」

 約束の時間が近づいてきた。

 宗親は、いつも待ち合わせ時間よりかなり早く現地へ行く。

 遅刻はしないし、遅刻する人の気持ちが理解できない。

 何事も中庸な人生を好む性格が、予想外のできごとを遠ざけて時間に厳しくなっていたのだ。

 突然スマホが振動して、画面を見る。

「ごめんなさい。

 ちょっとだけ遅刻します」

 真由美からだった。

 遅刻するというのに、理由が書かれていない。

 言い訳しない感じがして、好感が持てた。

「次の電車は……

 10分後か」

 ちょうど電車から降りた人波が、改札でピッ、ピッと音を立てて通り過ぎた。

 駅前はせわしない。

 速足で歩く人が多いから、立っていると置いて行かれた気分になる。

 何をするでもなくボーッと、駅前の看板などを眺めていた。

 次の電車が到着した。

 胸が高鳴り、緊張の糸が張りつめていく。

「あの。

 志保さんですか」

 声をかけられてハッとした。

 写真よりも、ずっと綺麗に見えた。

花ヶ前さんですね

お見合い

 

 並んで歩きながら近くのカフェに向かった。

 あらかじめ地図を調べて目星をつけていた。

 駅から近くて、落ち着いて話せそうな雰囲気の無難なカフェである。

「ここなんだけど。

 いいかな」

「ええ。

 入りましょう」

 初めて会うときは、1時間程度で切り上げる。

 様子を見ながら話すと、思いのほか疲れるものだ。

 これは「シャ・トロワ」から毎月送られる雑誌に載っていた。

 2人はそれぞれブレンドコーヒーだけを注文して、席についた。

 通りに面した側は、全面ガラス窓になっている。

 明るい自然光が店の奥まで入り、開放的な雰囲気である。

 椅子は硬めのソファだった。

 ほっと一息つける程度の快適さがあった。

「来たことあるんですか」

 真由美が何気なく聞いた。

 ちょっと間をおいて、

「いえ。

 初めてだから外れがなさそうなところをと思って、よくあるチェーン店にしました」

 宗親は素直に答えた。

「志保っていう苗字、珍しいでしょう」

「そうですね。

 よく言われますか」

 こんな些細な話題から、話し始めた。

 ほへ顔同士という、強烈な|繋《つな》がりがある。

 きっとお互い、普通を好む穏やかな性格だと直観していた。

「僕の紹介文にも書いたんですが、この通り外見も普通で勉強も運動もそこそこなんです。

 顔に自信あるわけでもないし。

 特徴的なのは名前くらいです」

「婚活を始めたきっかけは何ですか」

 月並みだが、真由美はこの質問をあらかじめ用意していた。

 本質的で、素直な疑問である。

 婚活をしているのだから、結婚願望があるかといえば、そうでもない人もいる。

 親に勧められて、なんて言われるとちょっぴり残念な気分になる。

「実は、親に勧められて始めました」

「えっ」

 真由美は虚を突かれた。

 親に勧められたなんて、いい年して恥ずかしいと思うのではないかと踏んだからだ。

 あっけらかんとして、むしろ好感が持てた。

「私は、そろそろ婚期を逃すと後悔するかと思って始めました。

 やっぱり、会う人にみんなこんな話をしますよね」

「まあ。

 婚活を話題にするのは無難ですよね」

 くすっと笑った真由美が、ちょっぴり可愛らしかった。

 送られたデータで、仕事や家庭環境もお互いに知っているが、確認するようにデータをなぞっていく。

 店内は人が少なくて、ジャズだけが優しく響いていた。

 コーヒーを30分ほどで飲み終え、宗親はお代わりをした。

 真由美はトイレに立った。

 席で独り待ちながら、まんざらでもない雰囲気になった自分に言い聞かせた。

「焦るなよ。

 まだまだ先は長い。

 今日のところは様子見だ」

幸せの予感

 

 宗親は冷静を装っているが、結構惚れっぽい。

 期待を裏切られたときに、傷つくことを畏れて冷静な態度をとるところもあった。

 戻ってきた真由美の顔が、こころなしか微笑んでいるように見えた。

「ねえ。

 宗親さんは理想の家庭とかあります? 」

 いきなり下の名前で呼んだことに驚いたが、核心を突いてきた。

 もしかして、脈があるのかと思い始めた。

「え……

 ええ。

 もちろんありますよ。

 結婚したら、しばらく2人で過ごしたいかな。

 それで、子とも2人くらい育てる感じで」

 あいまいだった将来のビジョンが、急に口を突いてでた。

「へえ。

 いいですね。

 婚活してるんだから、考えますよね」

 それから、仕事のことや近所の人のことなど、取り留めなく話した。

「あっ。

 そろそろ1時間ですね」

「何だか、あっという間だったわ」

「じゃあ、行きましょう」

 窓の陽射しが温かく、木目調のテーブルが映えて見えた。

 入ったときには気づかなかった、観葉植物やショーケースのケーキなどが色鮮やかだった。

 駅に向かう道すがら、

「三の割駅で降りたの初めてで。

 結構お店とか多いんですね」

 などと街並みを眺めながらのんびり歩いた。

「それじゃ、今日はありがとう」

「こちらこそ」

 穏やかな笑顔を交わし、別々のホームへ別れて行った。

 電車に乗り込むと、スマホを開きメールを打つ。

 これも、雑誌に書いてあったアドバイスだった。

 すぐにメールでお礼をして、印象アップするのである。

 翌日。

 真由美からメールが届いた。

「私、ラナ・シーの曲が好きなんです。

 こんな女子をどう思います? 」

「ラナ・シー、僕も好きだよ」

 と返しておいたが、さっぱりわからなかった。

 さっそく調べて聴いてみると、悪くない曲だった。

 真由美は異世界に住んでいたかのように、さまざまな驚きと発見をもたらしていく。

メル友

 

 宗親は律儀なので、メールに気づくとすぐに返した。

 仕事中も、空き時間にこっそり返し続ける。

「きょうはいい天気ですね。

 仕事するにはもったいないと思いませんか」

「同感です。

 早く週末にならないかな」

 こんな、他愛ない会話を続けるうちに習慣になっていった。

「私たちって、もしかしたら気が合うのかもしれませんね」

「今度の土曜日、お台場へ行きませんか。

 車出しますから、三ノ割駅から。

 どうですか」

 思い切って、振ってみた。

「いいですね。

 新しいテーマパークができたって聞きました」

 トントン拍子に進み、土曜日になった。

「おまたせ。

 じゃあ、どうぞ」

 まだぎこちなさがあるが、彼女と一緒にいると楽しくなった。

 予定通り、ゲーム会社のテーマパークで遊び、ショッピングをして、元来た道を帰る。

 宗親は、女性と話すのが苦手である。

 もともと無口なのだが、街並みを観察して話が途切れないように話題を探し続けた。

 頑張った甲斐あって、沈黙することなく一日を終えることができた。

「今日は楽しかったよ。

 じゃあ、またメールするね」

 笑顔で手を振る彼女が、輝いて見えた。

 また、すぐにメールをする。

 ジェットコースターのようなアトラクションが面白かったとか、大きな観覧車に今度は乗ってみたいとか共通の話題に事欠かなくなった。

 家ではラナ・シーの曲を聴き、文章に織り交ぜる。

 真由美は友だちの話などで話題を膨らませ、しだいにお互いの生活を理解し合うようになった。

 携帯電話のショップで働く真由美は、テキパキとした仕事ぶりを感じさせたが、ときどき愚痴も言った。

「僕で良ければ、愚痴を聞くよ」

 出不精な宗親は、飲み屋で話す方が性に合っている。

 だから、仕事の愚痴などの聞き役に徹するのは苦にならなかった。

「そろそろ、愛称で呼んで丁寧語もやめませんか」

 真由美は思い切って提案する。

 もちろん距離感を一気に縮めるためである。

「そうだね。

 それじゃあ」

「ムッチーはどう」

「それいいね」

「じゃあ、縮めて真由ちゃんでいいかな」

 1日数十回SNSでやり取りが続いた。

三度目

 

「女性と3回会うなんて、新記録だな」

 今週末は、やはり三ノ割駅前の飲み屋チェーンで開店すぐを狙った。

 1度目は様子見。

 2度目はアトラクションでお互いを知る。

 3度目は落ち着いて話をする。

 完璧な流れに思えた。

「お待たせ」

 真由美は待ち合わせ時間より前に来た。

「お酒は飲める? 」

「ええ。

 まあ、普通程度だけどね」

 彼女は笑顔を絶やさない。

 宗親も決して絶やさないようにしている。

 夕方5時に店に入った。

 店内はガランとしていて、ゆっくりするにはいい時間帯だった。

 早いので、広めの座敷に通される。

「ふう。

 落ち着いたね」

「そうね」

 お通しと水に手を付けると、中ジョッキをお互い注文した。

 いつものように、メールでやり取りしたことを話していた。

 1時間半くらいたっただろうか。

 真由美がポツリと言った。

「婚活って…… 難しいね」

 宗親は次の言葉を飲み込んだ。

 意味は瞬時に理解できた。

 口元を引き上げる筋肉が緩むのを感じる。

 窓の外は、暗くなりかけていた。

 テーブルに目を落とし、彼女の気持ちを悟った。

「そうだね…… 」

 重たい言葉だった。

 しばらく重たい沈黙が続く。

 宗親はビールを一気に流し込んだ。

 勘定は割り勘のまま。

 2人は駅へと向かう。

 改札を通るとき、

「いろいろありがとう。

 お互い、プラスに考えて頑張ろうね」

 彼女のトーンは下がっていたが、誠実さが感じられる。

「じゃあ、またね」

 宗親は、人と別れるときに「さようなら」を言わない。

 生きている限り、いつかどこかで会う可能性があるからである。

 再会を望むわけではない。

 だが、追い詰められた気分だった。

ありがとう

 

 ある歌手のヒット曲に「いいお友達ばかり増えていく」という一節がある。

 つき合うとか、結婚とか具体的に進展しない関係ならばそうなってしまうだろう。

 宗親には、それが受け入れられそうもなかった。

「お断りするなら、早い方がいい」

 振り返ってみると、自分は頑張って話題を作り、笑顔を作り、マニュアル通りにお見合いを進めていた。

 彼女も同様だった。

 顔も性格も、何もかも普通の自分が無理をしてキャラづくりをしていたのだ。

「もしも、自然に振舞っていたらうまくいったのかな」

 つぶやいてみたが、うまくいくプランが見いだせなかった。

 すぐに、お断りの通知を「シャ・トロワ」へ送った。

 彼女にも届いたはずだ。

 いったい、何を感じるだろうか。

 とても気になったが、お断りした後のアクションはルール違反である。

「さようなら」

 翌日、彼女もお断りを入れたことが、通知された。

 

 

この物語はフィクションです