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人は知る。人は感じる。創作で。

【ショート小説】クリスマスイブの背信者

目次

クリスマスがやってくる 2

サンタの村 3

 欲しいもの 5

クリスマス・イブ 7

最後の一軒 9

核心 11

子どもの夢 13

 

クリスマスがやってくる

 

 晩秋の紅葉が散り始め、空気が冷たく肌を刺す。

 暖かい光に包まれた家の中では、今年もサンタの噂をする子どもたちがいた。

「ママ。

 サンタさん、なにくれるのかな」

 小学校に上がった|井上 俊《いのうえ しゅん》は7歳になった。

 幼稚園のときには、クリスマス会にサンタさんが来てプレゼントをくれた。

 小学校にはなさそうなので、プレゼントをもらえるのか心配になっていた。

「俊も、小学校に上がったからね。

 サンタさんも、ちょっぴり悩んでいるかもね。

 なにが欲しいか、ちゃんと書いて靴下に入れておいたらどうかな」

 母親の|井上 早紀《いのうえ さき》は、息子がサンタクロースを本当に信じているのか疑問に思った。

 小学生になれば、プレゼント欲しさに、信じたふりをする子どもの方が多い気がする。

「ねえ、俊。

 サンタさんっていると思う」

 率直に聞いてみた。

「いるよ。

 きっと今頃お買い物してるんでしょう」

「そうね。

 じゃあ、欲しいもの書いておいてね」

「うん」

 12月に入ると、街はクリスマス一色である。

 大きなツリーに電飾が施され、若者たちが青いイルミネーションをみて、|佇《たたず》んでいる。

 子どもたちは家でツリーを飾って欲しいものを考えるわけだ。

 井上家のリビングには俊の背丈ほどのツリーがあった。

 キラキラ光る星だの、家だのたくさん吊り下げた枝に、綿の雪を乗せてある。

 色とりどりのLEDが点滅して、幻想的な雰囲気をかもし出していた。

 母が夕飯の支度をする間、スピーカーからお気に入りのクリスマスソングが流れる。

「さあ。

 今夜は俊が好きなシチューですよ」

 とろけるような、クリームシチューの香りが食欲をそそる。

 寒い冬にはピッタリのメニューである。

 どこにでもあるような、幸せな家庭。

 家の中は暖かく、街は|煌《きら》びやかに彩られ、どこも活気にあふれている。

 今年は、特別な何かが起きそうだった。

サンタの村

 

 北欧、フィンランドの山中にあるサンタ村では、若者たちが忙しそうに駆け回っている。

 緯度が高いため、亜寒帯の地域が多い。

 すでに雪が積もって、白銀に輝いていた。

 26歳のヴォリアラ・パクスロは、駆け出しのサンタクロースである。

 若くてヒゲもほとんどないので、本番ではつけヒゲでごまかすしかない。

 目尻に皺があって、|恰幅《かっぷく》のいい白髪のオジサン。

 そんなステレオタイプのサンタクロースがたくさんいるはずもなく、実態はバラエティに富んでいる。

 だが、ヒゲなしでは貫禄がないし、そこらのお兄さんでは格好がつかない。

 すらりと長身で細身のパクスロは、サンタのイメージと対極だった。

「ええと。

 あとはぺディベアが1個と、Smitchが12個…… 」

 昔は|麓《ふもと》のおもちゃ屋さんに大量発注していた。

 この業界にもデジタル化の波が押し寄せ、最近は仕入れを通販で済ませている。

「購入確定っと」

「パクスロ。

 仕入れは大丈夫か」

 先輩サンタの分も注文するので、大忙しである。

 受け取りはコンビニへ出かけて、大型ソリで運ぶのだ。

 若いパクスロは、事前調査と仕入れを一手に引き受けている。

 コンビニに着くと、取り置きした商品を受け取る。

「サンタ村の荷物を受け取りにきました」

 一気に全部頼むとコンビニがパンクする。

 1か月かけて少しずつ、到着日を分けて注文していた。

 それでも山のような量である。

 外はちらほら雪がちらつき始めていた。

 風も冷たい。

 ソリいっぱいにプレゼントを乗せると、空へ向かって飛び立つ。

 上空は、かなりの吹雪だった。

「今日は冷えるなあ。

 トナカイさん。

 もう少しだから、頑張ってくれ」

 空飛ぶソリがトナカイに引かれて鈴の音を鳴らす。

 そんな情景を想像するだろうが、フィンランドの冬は厳しい。

 長い地域では半年以上冬が続き、最低気温記録は-50℃以下である。

 サンタ村も、長く外にいると危険な気温まで下がっている。

 まして風が強く、空を飛んでいては命に関わるほどの寒さだ。

 サンタスーツと呼ばれる服は、裏起毛になっていてとても暖かい。

 赤と白なのはモカ・コーラのキャンペーンカラーからきているが、すでに世の中のスタンダードである。

 トナカイにもサンタスーツを着せてあるので、凍える心配はない。

 凍てつく吹雪をものともせず、突き進んでいった。

「おお。

 パクスロ。

 いつもご苦労さん」

 先輩たちが暖かく出迎え、クリームたっぷりのスープをごちそうしてくれた。

 暖かいスープが喉を通り、胃袋に入る。

 芯まで冷え切った体に、温もりが染み込んでいく。

 パクスロが落ち着いた頃を見計らって、古株のサンタが立ちあがった。

「明日は本番だ。

 各自プレゼントを仕分けして、ルートを確認しておいてくれ。

 子どもの夢を絶やすなよ」

 

欲しいもの

 

「ねえ、俊。

 プレゼント何が欲しいの」

「ぼくね、ゲーム機のSmitchが欲しいんだ。

 友だちが皆持っててね、一緒に通信対戦してみたいの」

「そう。

 そろそろゲーム機があってもいいかもね。

 一応お父さんにも相談しましょう」

 クリスマスイブの前夜、早紀は父親の太郎にプレゼントのことを話した。

 父はいつも激務に追われ、食事と風呂と睡眠のために帰るようなものだった。

「そうか。

 ゲームは問題解決能力を養う面もある。

 教育上意義があるから、与えてもいいのではないか」

「もう。

 またそんな言い方を。

 ただ遊ぶだけですよ」

「俊には、強く立派なリーダーになってもらわなくてはならない。

 そのためには東京大学を卒業して、国家公務員一種に合格するのが一番近道だ。

 中途半端では、責務を果たせないからな」

 父は東大卒のエリートである。

 息子にも同じ道を歩んでほしいと、願っているのだ。

「とにかく。

 いいんですね。

 明日買ってきますからね」

 太郎は、信じられないという顔をした。

「何を言っているのだ。

 サンタクロースにお願いしたのではないのか。

 おまえが買ってきたら、俊の夢を壊してしまうだろう」

 早紀は大きなため息をついた。

「はあ。

 あなたは、リアリストなのかロマンチストなのか、わからないわね。

 明日の夜、そっと枕元に置いておけばいいでしょう」

「いや。

 それには及ばない。

 俺が買ってくる。

 明日の夜は空けてあるからな」

 今度は早紀が、信じられないという顔をする。

「へえ。

 |堅物《かたぶつ》のあなたが、そんなことをねえ。

 もしかして、サンタの恰好をして持ってくるのかしら」

 窓の外には、雪がちらつき始めた。

 クリスマスツリーの明かりが室内を煌びやかに照らし、顔にほのかな光を受けてロマンチックな雰囲気をかもしだした。

「いつも、父親らしいことをしていない分、明日は頑張ろうと思うのだ。

 サンタの格好をして、プレゼントを渡すのも悪くないが、俊もそろそろ現実を知るべきかもしれん」

「俊は、あなたが思うほど子どもではないですよ。

 でも、夢を見ることの大切さは、教えてあげたいわ」

「うむ。

 明日が楽しみになってきたな」

 太郎はいつも、リビングで缶ビールを一杯だけ飲む。

 そして、ごはんとみそ汁、焼き魚という質素な夕飯を済ませた。

クリスマス・イブ

 

 フィンランドから日本まで1万キロ以上の道のりを、時空を超えて飛んでいく。

 トナカイに引かれたソリは、まばゆい光に包まれ、一瞬のうちに移動した。

「今年は、東京都千代田区に配ることになっている。

 トナカイさんたち、効率よく頼むよ」

 時空間物質転送装置を使って、順番通りに家の前にソリをつける。

 近代的な住居に煙突などないので、家の中に瞬間移動してプレゼントを置いてくるのである。

「メリー・クリスマス」

 小声でささやきながら、子どもたちの枕元にプレゼントを置く。

 何十件届けただろうか。

 ソリのプレゼントは、まだまだあった。

 最近はマンションが増えたため、瞬間移動できなければ配れない。

 まさかドアホンを鳴らして配ったのでは夢もない。

 一息つく間もなく、次々と家の中に移動してはプレゼントを置く。

 順調に進んでいるかのようにみえた。

 だがある家で、子どもがうとうとと眠りかけていた。

「あれ。

 誰かいる! 」

 パクスロは、とっさに物陰に隠れた。

 それが騒ぎを大きくした。

「お父さん!

 泥棒だよ! 

 助けて! 」

 廊下を走る音がした。

 子ども部屋のドアが開き、電気をつけられてしまった。

「何をする! 」

 男が飛び掛かってきた。

「ちょっ。

 ちょっと待ってください」

 パクスロは後ろに押し倒され、腕を|捻《ね》じり上げられる。

「いたたたた。

 手荒なことはやめてください。

 私は、サンタクロースですよ」

「アホぬかせ。

 母さん!

 警察を呼んでくれ」

 このままではまずい。

 パクスロは手首に仕込んだスイッチを押した。

 体が白い光に変わり、しだいに消えていった。

 ソリに戻ると、すぐに緊急用のスマホを開いた。

「もしもし。

 すみません。

 日本担当のパクスロです。

 姿をみられて、騒ぎ立てられてしまいました。

 後処理をお願いします」

「はあ?

 またかよ。

 うすのろパクスロ!

 ドジ踏んだなあ。

 後でおごれよ」

 |酷《ひど》い言われようだった。

 連絡を受けて後処理班が、家族全員の記憶を消去するのである。

 サンタクロースは、人に見られてもいいが、騒ぎを起こしてはならない。

 ベテランならば、余裕で切り抜けたのだろう。

「はあ。

 またやっちゃったな。

 こんなとき、開き直りが大事だってわかってるんだけどね。

 つい隠れちゃうんだよなあ」

 うなだれて、ボヤいていたが気持を切り替えた。

「こうしちゃいられない。

 遅れを取り戻さないと」

 深夜0時を回ってしまった。

 プレゼントの山を睨みつけ、自分を|叱咤《しった》する。

「ええい。

 くよくよするんじゃない。

 あと2,3回はトラブルがあると思って臨むしかないんだ」

 次々に瞬間移動してプレゼントを届けていく。

 何度か見つかったが、今度は冷静にプレゼントを渡して事なきを得た。

 しんしんと雪が降り、上空では冷たい風が頬を刺した。

「もう少しだな。

 ペースを上げていこう」

最後の一軒

 

「ふう。

 今年も、なんとかやれたか」

 ため息交じりにつぶやいた。

 トナカイがソリを家の前につけた。

 パクスロは、目を|瞬《しばたた》く。

 大くて近代的なデザイン。

 ひさしがせり出して、特徴的な水平のライン。

 有名な建築家が設計したことは明らかだった。

 持ち主は只者ではないはずだ。

「これは…… 」

 門扉を見ると、赤い服に白いファーがついたコスチューム。

「あれ。

 サンタがきてるぞ。

 向こうの方がゴージャスだね」

 門から今にも入ろうとしているサンタが気になった。

 プレゼントの箱が、フィンランドのものではない。

 同業者ではないとすれば、この家の住人だろう。

 今年最後の届け先だったし、仕事をほぼ終えた|安堵感《あんどかん》から、大胆な行動にでた。

「こんばんは。

 お子さんへプレゼントですね」

 背後に突然人が現れ、声をかけたのでビックリ仰天した。

「むう。

 あなたは…… 」

 50代半ばの、この男の顔に見覚えがあった。

 だが、なかなか思い出せない。

「そうか。

 宅配便が、サンタの恰好をして届けるサービスですね」

 パクスロは、プラチナブロンドに青目のフィンランド人である。

 どう考えても、宅配便のお兄さんでは無理がある。

「メリー・クリスマス!

 お子さんにプレゼントを届けに来ました」

 男の目は泳ぎ、口を半開きにしている。

「ああ。

 妻が頼んだのですね」

 何とか状況を理解しようとするが、パクスロに押され気味だった。

「私はヴォリアラ・パクスロです。

 日本では山田 太郎と名乗っています。

 1万キロ彼方のフィンランドから来た、本物のサンタクロースですよ」

 パクスロは握手を求めた。

 男はパクスロと握手をしながら、

「私も、太郎です。

 |井上 太郎《いのうえ たろう》といいます」

 パクスロは、男の顔を改めてみた。

 ニュースで何度かみた顔だった。

「まさか…… 」

 帽子をとった男の顔をみて息をのむ。

内閣総理大臣、井上 太郎です。

 首相公邸へようこそ」

 今度はパクスロが驚く番だった。

「どこかでお会いした気がしていたのは、そういうわけですか」

 太郎は、パクスロを中へ促した。

「さあ、せっかく遠路はるばる来ていただいたのだ。

 すこし休んで行ってください」

 談話室のソファに座ると、ウイスキーの瓶とグラスを持った早紀が入ってきた。

フィンランドからいらしたと、お聞きしました。

 限定ものの、キュロ ウイスキーならお口に合うかと思いまして」

 太郎も、サンタのままソファでくつろいだ。

「首相という職は、責任ばかり重くて子どもと向き合う時間が取れないものです。

 今日は父親らしいことをしようと、こうしてプレゼントを持ってきたところなのです」

 テレビのスイッチを入れると、ニュース番組が始まった。

 クリスマスイブの、街でイルミネーションを楽しむ若者たちの様子が流れた。

「サンタクロースが、フィンランドを拠点に活動していることは聞いている。

 1つ質問してもいいだろうか」

核心

 

 太郎が姿勢を正して、まっすぐにみた。

「一晩でプレゼントを配るためには、どうしても常識を越えた技術が必要なはずだ。

 『時空間物質転送装置』を実用化したというのは、本当なのか」

 パクスロは、太郎が談話室に通した真意を理解した。

 時空間物質転送装置は、極秘の技術である。

 サンタクロースの厳しい戒律で、一切口外してはいけないことになっている。

 今まで何度もヘマをして、瞬間移動するところを見られてきたから、風当たりが強かった。

 そして、この男は日本の首相である。

 自分の|迂闊《うかつ》さを考えると情けない。

 身体をじっとりとした脂汗が|滲《にじ》みでた。

 重苦しい沈黙がのしかかってくる。

「人類の利益になる技術だ。

 何でもいい。

 教えてもらえないだろうか」

 この男の前で、手首を見せることはできない。

 進退|窮《きわ》まった。

 そのとき。

「首相!

 官邸へ避難してください! 」

 スーツ姿の男たちが踏み込んできた。

「何事だ」

爆破予告です!

 一刻を争います! 」

 一緒に早紀と俊もやってきた。

「あなた、早く車に」

 太郎が立ちあがると同時にパクスロも跳ね起きた。

「3人とも、こちらへ来て目を閉じてください! 」

 腕の中に3人を抱え、手首を開いた。

 スイッチを押すと、辺りが光に包まれる。

 首相官邸のロビーへ送り届けると、もう一度スイッチを押した。

 公邸周辺では、たくさんの男が走り回っている。

 皆、爆発物を探しているようだ。

「爆発物を隠すなら…… 」

 もう一度、談話室に戻った。

 首相が置いていったプレゼントの包みが、テーブルに置かれたままだった。

「これか」

 周囲には、慌ただしく駆け回る男たち。

 そして、部屋の隅に監視カメラを認めた。

「首相公邸だ。

 来客を監視するのは当然だった…… 」

 パクスロは、プレゼントを両手でつかみ、再びスイッチを押す。

 光に包まれ、トナカイの元へ戻った。

「大西洋まで飛ぶ。

 こいつを捨てたら、首相の元へ僕は戻るから、君たちはサンタ村へ帰ってくれ」

 包みは海の真ん中へ投げ捨てられた。

子どもの夢

 

 パクスロは、首相官邸へ戻った。

 太郎は慌ただしく指示をだし、表情は険しかった。

「うむ。

 どうやら犯行予告の3時は過ぎたようだ。

 キミは、どこへ行っていたのだ」

 手首のスイッチを操作するところを見られた。

 当然監視カメラにも写っただろう。

 それが気になって戻ったのだ。

 多数の人間に見られたのだ。

 事後処理班の手には負えない。

 時空間物質転送装置のことが公になれば、サンタクロースの活動が続けられなくなるかもしれない。

 裏切り行為に等しかった。

「首相が持っていらしたプレゼントが怪しいと思い、大西洋に捨ててきました」

 太郎は、ニヤリと笑いを浮かべた。

「やはり、あったのだな。

 時空間物質転送装置が」

 パクスロは、目が|眩《くら》む思いだった。

 今回の失態は、重大だった。

 頭を抱え、床を見つめていた。

「ふふふ。

 そう気落ちしなさるな。

 監視カメラの映像は公開しない。

 このことは、極秘としよう」

 恐る恐る、顔を上げ太郎を見上げた。

「ということは ー- 」

「今夜は、フィンランドのお客さんが現れて、私の代わりに息子のプレゼントを届けてくれた。

 それだけのことだ」

 全身の緊張が解け、ホッと胸をなでおろした。

「お兄さん。

 ありがとう。

 サンタさんって本当にいたんだね」

 嬉しそうに、俊が包みを持ち上げ、礼を言った。

「パクスロさん。

 子どもの夢を、絶やすなよ」

 

 

この物語はフィクションです