魔法のクリエイターと言われる理由、お教えします

人は知る。人は感じる。創作で。

【小説】君は化ける。ドアリンを鳴らせば。

変わりたいから

 

 碧い光を|湛《たた》えた繁華街で頬を冷やしながら歩いていく。

 オフィスへと向かう会社員は、スーツにネクタイを締めるようになった。

 今年の夏は暑さが厳しかったから、冬物に変えるタイミングを計っているうちに11月がきてしまった。

 店のシャッターが上がると、暗い店内が露わになる。

 雑貨屋、ドラッグストア、ラーメン屋などが並ぶ。

 街の時計店やスポーツ用品店などの専門店は姿を消し、多品種多売の時代を象徴する雑貨屋が目立つようになる。

 ぼんやりと眺めながら、朝の散歩をしていた|岡嶋《おかじま》 ルイは「モーニングセット」と書かれた黒看板に目を留めた。

 チョークのような質感で、ケーキセットやトーストセット、ハムエッグなどとある。

 一つずつ小さな声で読み上げていく。

 全面ガラス張りの小さなカフェ。

 前から目をつけていた。

 フェイクレンガの壁は、周囲の風景と調和して心地よいリズムを刻む。

 日除けの|庇《ひさし》は濃紺のアクセントを与えている。

 「SERO」と白く流麗な形に抜かれていて、ある意味神秘的な雰囲気も感じた。

 自動ドアの前に立つと、ほとんど音を立てずにガラス戸が開いた。

 開ききると カラン、とドアリンが鳴った。

 視線を上げた店員と目が合う。

「いらっしゃいませ」

 店内には客がいなかった。

 朝食の時間が過ぎ、ちょうど店が空く時間なのだろう。

「トーストセットを ───」

 アンニュイな雰囲気で椅子に腰を下ろした。

 柔らかく腰を包む感触が、ちょっぴり緊張していた気持ちをほぐした。

 木目調のダークブランを基調にして、テーブルと間仕切りが統一してある。

 間仕切りの上に小さな観葉植物があって、有機的な線がアクセントをつけていた。

 テーブルの隅にプラスチックの板が立っている。

 中央にQRコードがあり、さまざまなデザインのインテリアが貼られていた。

 スマホを近づけると、専用アプリをインストールした。

 HPに自分らしいひとときを作るカフェ、と書いてあった。

 細かい部分までは読んでいなかったが、アプリに表示された画像を次々にタップするとすぐに分かった。

 薄暗かった空間に、真っ赤なテーブルと銀色に輝く椅子が現れる。

 そしてアップテンポなダンスミュージックが、鼓動を速めていった。

奇妙な空間

 

 持ってきた本を、バッグから取り出した。

 カフェで読書をするのが習慣になっていた。

 最近は図書館のようになっていて、購入した本を読めるカフェが増えている。

 元々読書好きなルイは、インターネットで気分にあった本を買ってきていた。

 真っ赤な表紙に「ダンシング・ハード」とダイナミックにはみ出して大きく書かれていた。

 ヒューマンドラマを好むルイは、一瞬ためらったがテーブルの角に乗せて少し斜めにして開いた。

「こんな本買ったかな」

 少し眉間に|皺《しわ》を寄せ、頬をポリポリと搔いた。

 読み始めると、今の気分にぴったりの青春ドラマが展開されていた。

 次にどうなるのか。

 続きがたまらなく気になって、あっという間に半分以上読んでしまった。

 一息つきながら、冷めたコーヒーをグイッと飲んだ。

 バターが香ばしかったトーストも、冷えてシナッと湿気を含んでしまった。

 夢中で読んでしまったのは、大きめのバスが聞いたダンスミュージックのせいかも知れない。

 会員登録して少しだけ通ったジムのエアロビでかかっていた曲だった。

 長続きしなくて退会してしまったけれど。

 鼓動が早くなって、手が少し汗ばんでいる。

 皿とカップを空にすると、店員の女性がやってきた。

「あの、いつもこんなに大音量で音楽をかけているのですか」

 口角を少し上げ、ちょこんと首をかしげるようにしたその女性はカップを手に取りながら言った。

「ご心配いりませんよ。

 このブースだけ音楽をかけていますから」

 まっすぐに視線を向けられて、少々恥ずかしい気分になった。

 さも当然、と言われると当たり前のことを聞いてしまったと後悔した。

 慣れた手つきで片手でカップソーサーと小皿を運んで行ってしまうと、頭の中に残った言葉を反芻してみる。

 このブースだけ、ということは ───

 立ち上がって席から出ると、ピタリと音が止んでしまった。

 もう一度椅子の上にかがむ。

 すると大音響が鼓膜を叩く。

 身体を起こすとまた静寂。

 目を丸くして、何度か繰り返すとまた恥ずかしさがこみ上げてきた。

 そしてトイレに立った、という風に少し胸をはって奥へと歩いて行った。

不可解な話声

 

 読書にふけると、あっという間に時間が過ぎる。

 赤い空間に、始めは違和感があったが本の内容とも合っていて物語にどっぷり浸かることができた。

 読み終わった本を閉じ、テーブルの隅に置いた。

 少し余韻に浸り、隣りに視線を移した。

「はい、よろしくお願いします」

 緊張した声が聞こえてきた。

 音楽は聞こえないようになっていても、声は通るらしい。

 背丈以上ある仕切りで見えないようになっている。

 どこかで聞いたような声だった。

「アルバイトの経験はありますか」

「はい、郵便局とかチラシ配りとか絵のモデルもやりました」

「当店で働いてみようと思ったのは、なぜですか」

「前々から目をつけていたんです。

 おしゃれなカフェで、働いてみたいと思っていたからです」

「では、採用です。

 早速ですけど、研修のDVDを見てください」

 少し間があって、抑揚の少ない声で仕事の説明が始まった。

 バイトの面接をしていたのか、と軽く息をついた。

 大学生が小遣い稼ぎにちょっと働くには良さそうだった。

「では、ええと、|岡嶋《おかじま》 ルイさん。

 承諾書と誓約書にサインをしてください」

 ルイは耳を疑った。

 同姓同名だった。

 後ろへ向けていた首を戻し、座り直そうとする。

 足を戻そうとしたとき、膝でテーブルを勢いよく蹴り上げてしまった。

 ガンッ、と驚くほど大きな音がして一瞬目を閉じ顔を|顰《しか》めた。

 目を開けるとボールペンを持って書類を書いているところだった。

 承諾書に今日の日付と、「岡嶋 ルイ」と書いてある。

「それじゃあ、こちらも」

 誓約書には就業規則などが書かれていた。

 向かい側の男が早口で読み上げると、ボールペンを勧めた。

「私は店長の|今川 恭典《いまかわ きょうすけ》です

 分からないことは何でも聞いてください」

 ニコリとすると、手元に書類を差し出した。

 書きながら、

「明日から入れますか」

「はい」

 というと、ロッカールームと洗面台の案内を受け帰宅した。

奇妙な記憶

 

 本を読んでいた記憶は残っている。

 バイトの面接をして、明日から来てくださいと言われたのもはっきり覚えている。

 奇妙な話だが、カフェのブースで同時に2人の自分がいたのである。

「ちょっと疲れてるのかな。

 一応バイトが始まるってことで明日は行けばいいんだよね」

 誰もいない部屋でつぶやいた。

 管理人室のあるワンルームマンションで、鉄扉にドアポストがある。

 毎日チラシが放り込まれている以外は郵便物はない。

 隣りの部屋には、溢れるほどチラシが挟みこまれている。

 顔も知らないが、長期で留守にしたのか出て行ったのか。

 そんなポストが同じ階に3つあった。

 ポストに養生テープが貼られていれば、空き部屋だとわかる。

 集合ポストにはいくつか緑の養生テープで封鎖されたポストがあった。

 銀色のステンレスと緑のコントラストが妙に印象に残った。

 冷蔵庫を開け、じゃがいもと人参、鳥の胸肉を取り出して包丁で小さめにカットする。

 鍋に水を張り、IHのタイマーをセットし具を放り込んだ。

 毎日料理をしているお陰で、包丁さばきには自信がある。

 具の煮え方に応じて温度とタイミングを勘で計れるし、味付けも失敗したことがない。

 飲食店でアルバイトをするのが、自分らしい選択だったと改めて思った。

 料理の名前はないが、おいしい雑炊ができ上るとさっさと夕食を済ませて布団に入った。

 朝はアルバイトの面接に行こうと思っていた。

 カフェに向かうと読書をしたくなって早めに入ってブースの設定をして。

 いつの間にか面接を終えて書類を書いていた。

 全部自分の経験だし、はっきり記憶に残っている。

 考えれば考えるほど奇妙だった。

 同時に2人分の記憶がある。

 どちらも現実の自分である。

 明日2つのブースで起こったことを尋ねてみようか。

 アルバイトの初日に変な人だと思われるのはリスクが大きい気もする。

 第一印象でしくじると、取り返しがつかないのではないか。

 読書好きの大人しい自分が、ダンスミュージックをガンガンにかけて本を読んでいた。

 同じ名前の自分が隣りで面接を ───

 カバンと本も手元にある。

 だったらアルバイトはしないのだろうか。

 堂々巡りに考えるうち、眠りに落ちていった。

カフェの仕事

 

 翌日、9時にカフェにやってきた。

 昨日と同じ席に座り外を眺める。

 裏通りには、人通りが少なかった。

 店の中には客が1人モーニングセットのコーヒーを飲んでいる。

 待っていると店員の女性が近づいてきた。

 柔らかな緑のブラウスに深い赤のエプロン。

 角ばった帽子の下に束ねた髪がのぞく。

 ベージュのパンツがスラリとして見せた。

「私、|金刺 結花《かねさし ゆか》です。

 岡嶋 ルイさん、歳も近いし下の名前で呼び合いましょう」

 ニコリと口角を上げた。

 2階に案内され、ロッカールームに入った。

 一つロッカーが開け放たれて、中から帽子が転がり落ちている。

「また、|優里奈《ゆりな》さんね。

 店長、ロッカーが開けっ放しで中身が出ています」

 隣りの店長室へ声を張り上げた。

「まあ、後で言っておくからルイさんを頼むよ」

 店長は忙しそうに答えた。

 少し苛立った様子の結花は、ルイのロッカーを開けて制服を取りだした。

 「研修中」と書かれ小さな若葉マークが入った名札を着けると、厨房に入って一つずつ説明を受けていった。

 ケーキの盛り付け、ドリンクの入れ方、コーヒーの淹れ方など、細かい決まりごとがあった。

 メモを取り写真を撮って、何度も読み返して覚えようとする。

 客はほとんど来なかったので、初日は説明を受けただけで終わった。

 ロッカールームに戻ると、隣りの店長室から声がしてきた。

「またお客さんを怒らせて、私が謝ったんですよ。

 ケーキを適当に盛り付けて、コーヒーは薄いし」

 結花さんの声だった。

 強い口調でまくし立てていた。

「わかった、わかった。

 いつも悪いな。

 後で言って聞かせるから」

 着替えを済ませて1階へ降りると、深い青に照らされたブースが目に入った。

 自分とよく似た女性がケーキセットを|傍《かたわ》らに置いて読んでいた。

碧い本

 

 カフェにやってきたルイは、SEROと書かれた庇の下に立つ。

 静かにゆっくりとガラス戸が開き、カランとドアリンが鳴った。

 「研修中」と書かれた名札に小さな若葉マークがついている。

「こちらへどうぞ」

 テーブル席に着くと、QRコードを読み込み質問に答えた。

「ちょっと凹むことがあって、文学作品を詠みたいと思ってたんだ」

 つぶやきながら次々にタップしていく。

 深い青のスポットライトが点き、水の音、ヒーリングが静かにかかった。

 表の扉に「11月のクリームソーダ」と小さめの文字で書いてあった。

 ゆったりとした気分で読み始めると、

「お待たせしました。

 ケーキセットです」

 カチャン、と大きな音を立ててテーブルに置いた。

 少しコーヒーがこぼれ、ケーキの生クリームが崩れた。

 思わず眉根を寄せ、

「丁寧に置いてください」

 と言ってしまった。

 カフェにきて、こんな風にぞんざいな扱いを受けたことはない。

 少々腹が立った。

 こっちは金を払っているのだ。

 だが、信じられない言葉が返された。

「これくらい良いじゃないですか。

 味は変わりませんよ」

 頬を膨らませ、苛立った口調である。

 聞こえたのか先輩らしい店員がやってきて、頭を下げた。

「すみません。

 お取替えします。

 優里奈さん、またですか。

 困ります」

 客の前でも構わず叱責した。

「私は間違ったことをしてません。

 決められた通りにやってます。

 テーブルへの置き方なんて、指示されてません」

 優里奈と呼ばれた店員は、口をとがらせて足音を踏み鳴らして下がっていった。

店員の悩み

 

 仕事にすっかり慣れて、毎週の3回のシフトに入るようになったある日。

 新人のルイと一緒になった。

「おはようございます。

 シフト入ります」

 元気に挨拶すると、早番の先輩と交代した。

 優里奈は身じろぎもせず、コーヒーメーカーを睨みつけたままコツコツとテーブルを指で叩いている。

 新人と一緒になると負担が増える。

 バイト代が上がるわけでもないのに迷惑な話だ。

 コーヒーメーカーや、伝票の束を物珍し気に眺めている。

 だいたい、人気のカフェは人の出入りが激しすぎる。

 長続きしないのは、やることが多いからだ。

 DX化などと言えば聞こえがいいが、メカ音痴の自分にとっては迷惑以外の何者でもない。

 そんなことを考えているうちにお客さんがやってきたのでルイがカウンターを出た。

「ケーキセットを ───」

 ブースが鮮やかな新緑の色に染まり、小鳥の声が響く。

 ブースから離れると静寂に戻った。

 客は本を取りだし、読み始めた。

 厨房に戻ると、寄って行って耳打ちした。

「私が運ぶ。

 あなた、姉妹がいるの」

 短く抑揚のない調子だった。

「いませんけど」

 |眉間《みけん》に|皺《しわ》を寄せ、まじまじと顔を覗き込んだ。

 プイと向こうを向くと、ガチャガチャと音を立てながらコーヒーを淹れガラスケースのケーキを盛り付けた。

 足音高くテーブルに近づき、またガチャリと音を立てて置いた。

 つんとそっぽを向き、ちょっぴりコーヒーがこぼれていてもお構いなしである。

「あの、こぼれてますけど」

「それが何か」

 反射神経で返すと客が立ち上がった。

「この前もこぼしてましたよね。

 カフェにきてコーヒーがソーサーにこぼれていたら頭に来ますよ。

 こんな接客する店員を見たことがありません。

 どうなってるんですか。

 あなた、この前も同じことしましたよね」

 最後の方は声を荒らげていた。

 店内にはルイ以外いなかったので、だれもなだめる者がいない。

 謝るくらいなら自分にもできると、カウンターを飛び出して行って謝罪した。

「余計なことしなくていいのよ。

 細かいこと言う客が悪いんだから」

 プリプリ怒りながら、またガチャリとコーヒーカップを置いた。

「こぼさないでください」

 思わずルイが言った。

 みるみるうちに顔が紅潮し、|眦《まなじり》が上がるのがわかった。

「新人のあんたに何がわかるの。

 偉そうに説教するな」

 吐き捨てるように言うと、さっきよりさらに靴音を響かせてカウンターを出て行った。

 優里奈の背中を見ながら、大きなため息をついた。

店長の悩み

 

 珍しく店長が厨房にやって来て昼の仕込みを始めた。

 シフトにはルイと結花が入っていた。

「店長、優里奈さん、またお客さんを怒らせましたよ。

 ルイさんが一緒にいたので丁寧に接客するように言ったら怒り心頭だったそうです。

 そりゃあ、後輩に指摘されれば頭に来ますけど、誰でも言いたくなりますよ。

 あれじゃあ」

「うん、まあ分かるけどね。

 うちは人手が足りないんだ。

 こうして店長自ら厨房に立っているだろう。

 何とかうまく ───」

 お茶を濁すように、語尾が小さくなった。

 ため息をつくしかなかった。

 ルイにはもうひとつ不可解な点があった。

 度々自分がやって来て、本を読んでいるのである。

 内容をハッキリ覚えているし、アルバイトをしている自分の記憶もあった。

「優里奈さんみたいな人、扱いにくいですよね」

 不意に結花がつぶやいた。

「立場上、愚痴を言えないのだ。

 まあ、何とか頼むよ。

 一応指導はしておくからさ」

 最近無精ひげが濃くなった店長の横顔を見ると、あまりこちらも言えなかった。

 カラン、とドアリンが鳴った。

「私、出ます」

 ルイが小型のタブレットを持ってカウンターを出た。

「いらっしゃいま ───」

 自分自身がキョロキョロと店内を見まわしていた。

「こちらへどうぞ」

 動揺しながらも、席を勧めた。

 あまりにもそっくりで、印象から性格も同じ感じがする。

「このカフェ、前々からチェックしてたんです。

 このQRコードですね」

 スマホをかざしてアプリをインストールした。

 戸惑いながらも操作方法を説明して、注文を受けた。

「トーストセットを」

 この現象は何なのだろう。

 自分が何人も現れては去っていく。

 その人の体験も記憶も残る。

 スマホで調べるとパーソナリティ障害の中の、解離性障害でこのような症状があると書かれていた。

否定しないで

 

 出勤してロッカールームに入ると、制服がはみ出し靴下が乱雑に放り出してあった。

「また優里奈さんか ───」

 大きく息をつき、手早く着替えて厨房に入った。

 今日は優里奈と結花がいた。

 どうも様子がおかしい。

「ねえ、優里奈さん。

 うちは現金払いのお客さんには、手渡しではなくトレイにお釣りを置いて渡すことになってるの、知ってるでしょう」

 語気を強くして言った。

「知ってるよ。

 店長に言われたもん。

 でもさ、私いざとなると忘れちゃうの」

「お客さんが怒ってたでしょう。

 感染症対策のために手渡しはダメって言われたでしょう。

 守ってちょうだい。

 この際だから言っておくけど、あなたと同じシフトになると毎回ガッカリするの。

 同僚もお客さんも、あなたのせいで気分を害してるの。

 いい加減にしてよ」

 叩きつけるような強さだった。

 ハラハラとして、ルイは立ち尽くした。

 優里奈の顔がみるみる歪んでいく。

 プイと横を向いたままだったが、顔を赤くして目が見開かれた。

 くるりと向き直ると、ルイの方へぶちまけるように大声を張り上げた。

「私、ADHDなのよ。

 店長には話したけど、できるだけの配慮はします、なんて言っておいて皆冷たいじゃない。

 精一杯やっても細かい作業ができないの。

 アルバイトの面接に行っても、断られるばっかりでやっと雇ってもらえたのに全然上手くいかないじゃない。

 そりゃあ、迷惑でしょうよ。

 そうよ、私はがさつですよ。

 言いたい放題言ってくれるじゃない」

 段々と涙目になって、テーブルを思い切り叩いた。

 大きな音が響き、彼女は着替えもせずに出て行ってしまった。

 カラン、とドアリンの音が高く響いた。

 ルイは結花の方へ向き直った。

 口を半開きにして、ドアの方を見つめる顔があった。

 

 その後、優里奈が戻ってくることはなかった。

 店長が度々シフトに入り、彼女の穴を埋めていた。

 ルイは、相変わらず読書をする自分に戸惑い続けた。

 もしかすると、店員になった自分は彼女が作りだした願望が意識に残ったのではないだろうか。

 カフェの店員に憧れながら、一歩を踏み出せずにいる自分の ───

 またドアリンが鳴った。

「いらっしゃいませ」

 今日もスポットライトとスポットオーディオがテーブル席を彩るのだった。

 

 

この物語はフィクションです