感性豊かな人は大酒をあおり喧嘩して失敗するのか

 芸術家が、作品制作と向き合い葛藤する心情を、感情的な行動で示す作品をよく見かける。

 絵の主題について意見が衝突して、喧嘩を始めると純粋な気持が表現できるという文脈は分かりやすい。

 ドラマで不安な心情を、ガラスコップを落として割ることで表現するようなものだ。

 ただ、どちらも表現の手段であることを忘れてはならない。

 芸術家の実態が、皆大酒をあおり喧嘩っ早い人だらけではないことくらいは、冷静に想像すれば分かりそうなものである。

 確かに、展覧会を開くたびに仲間同士で飲みに行くのは通例だが、作品について語られることは少ない。

 大抵ありふれた世間話や大学時代を懐かしんで昔話に花を咲かせて仲間内で盛り上がるのである。

 芸術家を取り上げた映画で、感情的に昂るあまり暴力的な描写に走る。

 確かに自由な表現と暴力は表裏一体かも知れない。

 だが、クリエイターの活動には、身を切るような困難が続き、酒をあおって暴れる暇などないのだ。

 時間を無駄にする人は本物になれない厳しい世界である。