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朗々燦々
「さてと。遊園地なんて月並みだよな。まるで昭和のSFみたいだ。 」
肩を並べて歩いていると、通りの看板が妙に鮮やかだった。
このままずっと歩いていても良い。
エクレアは、街並みをキョロキョロ見回している。
傍目には上京したての田舎者である。
顔とプロポーションは、目を惹く洗練された女性だった。
「カップルは、心拍数を上げるために遊園地へ行くと聞いたことがある。興奮でドキドキすると、恋愛感情と勘違いすることもあるらしいよ。 」
独り言のように呟いた。
女の子をどこに連れて行ったらいいのか、皆目見当がつかない。
あまり女性に気を遣ったことがない研究者気質な人間には、重荷な任務だった。
「そうなんですね。修ちゃんは遊園地に行くと興奮するのですか。 」
エクレアがキャッチして言葉を返した。
視線はビルを見上げていた。
新谷は少なからず驚いた。
女性に、関心を持って話しかけられたことがあっただろうか。
歩道のアスファルトも、点字ブロックも、フワフワして柔らかい。
頭の中には、遊園地の光景が写った。
ジェットコースターに乗ると、怖いというよりも風で息が詰まりそうになって、横Gにメガネが吹き飛ばないか心配で興奮する。
耳をつんざく絶叫につられて、
「うわぁ。 」
と声が出る。
淡々として、作業するようにアトラクションをこなす自分がいた。
「一般論だよ。行ってみたいところはあるかい。 」
ついにギブアップして、エクレアに投げた。
歩いているだけで満足してしまった。
これ以上どこかに行きたいと思わない。
目に映る一つ一つの事象が、初めて見たように新鮮だった。
「私は、ブティックに行きたいです。 」
頭の上から捻り出たような、甲高い声に虚を突かれた。
「そうか。女の子はショッピングが好きだよね。僕は自分のことしか考えてなかったよ。 」
言われてみれば、遊園地などバカバカしかった。
エクレアは女の子らしく、小躍りしてこちらを見た。
「じゃ、行きましょう。修ちゃん。 」
電車に乗り、原宿へと向かった。
「わあ。動物のジェラートがある。 」
エクレアが目を輝かせて叫んだ。
竹下通りには、フワフワした服を着たメイドさんだの、頭が青い人だの、目がチカチカするような光景が広がっている。
ブティックもあるようだが、珍しいアイスやドリンクを引き売りする店が目についた。
「何か食べようか。 」
「はい。修ちゃんは、何が好きですか。 」
「さっきのメロンパンアイス、食べたいな。 」
「では、戻りましょう。 」
「ちょっと『エクレア』だと硬いから、愛称考えようよ。 」
「はい。修ちゃん。候補を2,000ほど出しました。 」
「それと、丁寧語は止めよう。 」
「うん。しゅうっぴ。候補を絞ったよ。『エクノン』『エクディアス』『エクジョルノ』『エクッチ』『レアアン』『エクニャ』…… 」
まったく臆せず踏み込むところは、デジタルの強みだろうか。
でも急に親近感が湧いた。
「さすが超人的な適応力と発想力だね。『エクニャ』にするよ。ちょっと砕け過ぎかな。 」
「すぐに慣れると思うよ。しゅうっぴ。 」
メロンパンアイスを買い求め、ベンチで頬張った。
「おいしいね。エクニャ。ところで、どんな服を見たいの。 」
「私、可愛らしい服が欲しいの。 」
「可愛らしい服……。 」
しばらく考え込んだ。
女の子が言う「可愛らしい服」とは何か。
定義があいまいだ。
まさかゴスロリのことではないだろう。
いや。そっちの趣味かも知れない。
普通にピンクの洋服とか、ワンピースとかで充分可愛い気がするが、原宿まで来て納得させる解答ではないだろう。
可愛い服を着たエクレアのイメージが、次々に浮かんでは消えて行く。
アイドルコスも良さそうだ。
「えっと。変かな。 」
難しい顔をした新谷の顔を覗き込むようにして、はにかんだ顔をした。
「あっ。えっと。うん。可愛い服探そうよ。 」
食べ終えると、人の流れに乗って歩き始めた。
「手、繋ごうか。 」
周りのカップルが手をつないだり、肩に手を回したりしているのを見て、自然に出た。
「うん。 」
合金製の手が、柔らかく感じられた。
いつの間にか、2人の間には余人が入り込む隙のない雰囲気が出来上がっていた。
「ねえ。この服可愛いね。 」
「ああ。似合うよ。エクニャ。 」
「あっ。マイメルデーのぬいぐるみよ。か〜わいい。 」
「ははっ。可愛いね。こっちの大きいの買おうか。 」
2人は、両手に大量のぬいぐるみと、服の包みを持って帰路についた。
「いっぱい買っちゃったね。 」
「ああ。 」
電車に揺られながら、これからのことを考えていた。
「そうね。私たち、ずっとこのままでいられると良いのにね……。 」
新谷の顔色を伺うように、エクレアも遠くを見た。
「何とかならないか、相談してみよう。 」
深淵なる未来
「エクレアと、上手くいってるみたいですね。 」
「ううむ。思った以上に相性が良いようだな。 」
大木は唸った。
世界の命運を新谷とエクレアに託したものの、一抹の不安を感じ始めていた。
2人が楽しそうにすると、反比例して不安がのしかかる。
スパコンのキーボードを叩きながら、村山も渋い顔をする。
乾いたキータッチと、ファンの音だけが甲高く響く。
2人しかいない研究所は、いつもよりさらに広く、荒涼としたサイバー空間と化した。
「ぶっちゃけ、結末はどうなるんですか。 」
深いため息をつき、唐突に村山が聞いた。
しばらく沈黙した。
大木は、しきりに唸っている。
地下空間に広がる冷めた空気が、肺を重く押しつぶすように淀む。
呼吸が浅く、速くなっていく。
「うむ。そうだな。なあ。村山君。人生の価値は、密度だとは思わんかね。 」
苦しそうに言葉を絞り出す。
「まったくその通りですよ。人生は長さではありません。大事を成し遂げ、走り切った人生は素晴らしいものです。私は自分の力を試そうと、この仕事を選んだのですから。 」
村山は手を止め、大木を横目で見た。
「私にも、行く末は分からんのだよ。ただ……。 」
「ただ? 」
「罪の意識はある。 」
「兵器を開発しているのですからね。我々は、手を血で汚すかも知れません。 」
「しかも、ギガトン級の罪だ。 」
暗い眼をした大木が、作業台を拳で叩いた。
「新谷君に、度々問い質されて、お辛い気分だったでしょうね。 」
「違うのだ。最も畏れているのは、新谷君とエクレアの心を深く抉ることだ。核戦争は、政治的問題だ。我々の責任は半分だよ。 」
プロジェクトを始めて3年。
ロボット開発にかける情熱だけで、走り続けてきた。
決して簡単ではない問題を、3人力を合わせて次々に乗り越え、完成に漕ぎつけた。
だが、この先は様々な思いが交錯し、エクレアを翻弄していくだろう。
「ロボット兵器に、複雑な人間の感情を持たせるなど、愚の骨頂なのかも知れん。 」
「矛盾してますよね。消滅する運命にあるなら、感情などない方が良い。 」
「自爆テロで命を捧げる人間には、信念がある。だが、ロボットには……。 」
「2人がKIZAに入りました。帰って来ますよ。笑って迎えましょう。 」
「エクレアを狙う、テロ組織、武器商人なども出てくるだろう。いや。憶測で考えても、気を病むだけだ。村山君の言う通り。2人を温かく迎えるとしよう。 」
入口に乾いた足音が響いた。
生体認証を通ると戸が開き、新谷が姿を見せた。
「ただ今帰りました。 」
「ははっ。凄い荷物だな。今夜はぬいぐるみに囲まれて寝るんだな。 」
エクレアが、沢山の包みを作業台に置くと、3人に向けて深々と礼をした。
「私を作っていただいて、ありがとうございます。今日一日は、私にとって忘れられない日になりました。 」
大木は涙を噛み殺した。
「なんだい。改まって。これからも頼むよ。君たちは世界を左右するプロジェクトの中心にいるのだからね。 」
「よっ。しゅうっぴ。色男。夕飯にしよう。土産話も聞きたいしな。 」
いつものように、作業台へ木崎が夕食を運んできてくれた。
「さあ、今日はお祝いだ。しゅうっぴとエクニャの前途に乾杯しよう。 」
5人で食卓を囲み、ささやかな宴会が開かれた。
「で、これから2人はどうなるんですか。 」
木崎は詳しいことを知らない。
ただ、幸せそうな2人を見て、聞かずにはいられなかった。
「次のプロジェクトが始まるから、私と村山君はここに残る。新谷君とエクレアは外で暮らすことになる。 」
「なんだ。そうだったんですね。良かったじゃないか。新谷君。 」
笑みがこぼれて、皆エクレアを見た。
「自分の宿命は自覚しています。でも、ロボットの人生は、長さではなく密度だと思います。この先何があっても皆さんのことを、私はロボットだから、絶対に忘れません。 」