魔法のクリエイターと言われる理由、お教えします

人は知る。人は感じる。創作で。

【小説】私はロボットだから、絶対に忘れません。3

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朗々燦々

「さてと。遊園地なんて月並みだよな。まるで昭和のSFみたいだ。 」

 肩を並べて歩いていると、通りの看板が妙に鮮やかだった。

 このままずっと歩いていても良い。

 エクレアは、街並みをキョロキョロ見回している。

 傍目には上京したての田舎者である。

 顔とプロポーションは、目を惹く洗練された女性だった。

カップルは、心拍数を上げるために遊園地へ行くと聞いたことがある。興奮でドキドキすると、恋愛感情と勘違いすることもあるらしいよ。 」

 独り言のように呟いた。

 女の子をどこに連れて行ったらいいのか、皆目見当がつかない。

 あまり女性に気を遣ったことがない研究者気質な人間には、重荷な任務だった。

「そうなんですね。修ちゃんは遊園地に行くと興奮するのですか。 」

 エクレアがキャッチして言葉を返した。

 視線はビルを見上げていた。

 新谷は少なからず驚いた。

 女性に、関心を持って話しかけられたことがあっただろうか。

 歩道のアスファルトも、点字ブロックも、フワフワして柔らかい。

 頭の中には、遊園地の光景が写った。

 ジェットコースターに乗ると、怖いというよりも風で息が詰まりそうになって、横Gにメガネが吹き飛ばないか心配で興奮する。

 耳をつんざく絶叫につられて、

「うわぁ。 」

 と声が出る。

 淡々として、作業するようにアトラクションをこなす自分がいた。

「一般論だよ。行ってみたいところはあるかい。 」

 ついにギブアップして、エクレアに投げた。

 歩いているだけで満足してしまった。

 これ以上どこかに行きたいと思わない。

 目に映る一つ一つの事象が、初めて見たように新鮮だった。

「私は、ブティックに行きたいです。 」

 頭の上から捻り出たような、甲高い声に虚を突かれた。

「そうか。女の子はショッピングが好きだよね。僕は自分のことしか考えてなかったよ。 」

 言われてみれば、遊園地などバカバカしかった。

 エクレアは女の子らしく、小躍りしてこちらを見た。

「じゃ、行きましょう。修ちゃん。 」

 電車に乗り、原宿へと向かった。

 

「わあ。動物のジェラートがある。 」

 エクレアが目を輝かせて叫んだ。

 竹下通りには、フワフワした服を着たメイドさんだの、頭が青い人だの、目がチカチカするような光景が広がっている。

 ブティックもあるようだが、珍しいアイスやドリンクを引き売りする店が目についた。

「何か食べようか。 」

「はい。修ちゃんは、何が好きですか。 」

「さっきのメロンパンアイス、食べたいな。 」

「では、戻りましょう。 」

「ちょっと『エクレア』だと硬いから、愛称考えようよ。 」

「はい。修ちゃん。候補を2,000ほど出しました。 」

「それと、丁寧語は止めよう。 」

「うん。しゅうっぴ。候補を絞ったよ。『エクノン』『エクディアス』『エクジョルノ』『エクッチ』『レアアン』『エクニャ』…… 」

 まったく臆せず踏み込むところは、デジタルの強みだろうか。

 でも急に親近感が湧いた。

「さすが超人的な適応力と発想力だね。『エクニャ』にするよ。ちょっと砕け過ぎかな。 」

「すぐに慣れると思うよ。しゅうっぴ。 」

 メロンパンアイスを買い求め、ベンチで頬張った。

「おいしいね。エクニャ。ところで、どんな服を見たいの。 」

「私、可愛らしい服が欲しいの。 」

「可愛らしい服……。 」

 しばらく考え込んだ。

 女の子が言う「可愛らしい服」とは何か。

 定義があいまいだ。

 まさかゴスロリのことではないだろう。

 いや。そっちの趣味かも知れない。

 普通にピンクの洋服とか、ワンピースとかで充分可愛い気がするが、原宿まで来て納得させる解答ではないだろう。

 可愛い服を着たエクレアのイメージが、次々に浮かんでは消えて行く。

 アイドルコスも良さそうだ。

「えっと。変かな。 」

 難しい顔をした新谷の顔を覗き込むようにして、はにかんだ顔をした。

「あっ。えっと。うん。可愛い服探そうよ。 」

 食べ終えると、人の流れに乗って歩き始めた。

「手、繋ごうか。 」

 周りのカップルが手をつないだり、肩に手を回したりしているのを見て、自然に出た。

「うん。 」

 合金製の手が、柔らかく感じられた。

 いつの間にか、2人の間には余人が入り込む隙のない雰囲気が出来上がっていた。

「ねえ。この服可愛いね。 」

「ああ。似合うよ。エクニャ。 」

「あっ。マイメルデーのぬいぐるみよ。か〜わいい。 」

「ははっ。可愛いね。こっちの大きいの買おうか。 」

 2人は、両手に大量のぬいぐるみと、服の包みを持って帰路についた。

「いっぱい買っちゃったね。 」

「ああ。 」

 電車に揺られながら、これからのことを考えていた。

「そうね。私たち、ずっとこのままでいられると良いのにね……。 」

 新谷の顔色を伺うように、エクレアも遠くを見た。

「何とかならないか、相談してみよう。 」

深淵なる未来

「エクレアと、上手くいってるみたいですね。 」

「ううむ。思った以上に相性が良いようだな。 」

 大木は唸った。

 世界の命運を新谷とエクレアに託したものの、一抹の不安を感じ始めていた。

 2人が楽しそうにすると、反比例して不安がのしかかる。

 スパコンのキーボードを叩きながら、村山も渋い顔をする。

 乾いたキータッチと、ファンの音だけが甲高く響く。

 2人しかいない研究所は、いつもよりさらに広く、荒涼としたサイバー空間と化した。

「ぶっちゃけ、結末はどうなるんですか。 」

 深いため息をつき、唐突に村山が聞いた。

 しばらく沈黙した。

 大木は、しきりに唸っている。

 地下空間に広がる冷めた空気が、肺を重く押しつぶすように淀む。

 呼吸が浅く、速くなっていく。

「うむ。そうだな。なあ。村山君。人生の価値は、密度だとは思わんかね。 」

 苦しそうに言葉を絞り出す。

「まったくその通りですよ。人生は長さではありません。大事を成し遂げ、走り切った人生は素晴らしいものです。私は自分の力を試そうと、この仕事を選んだのですから。 」

 村山は手を止め、大木を横目で見た。

「私にも、行く末は分からんのだよ。ただ……。 」

「ただ? 」

「罪の意識はある。 」

「兵器を開発しているのですからね。我々は、手を血で汚すかも知れません。 」

「しかも、ギガトン級の罪だ。 」

 暗い眼をした大木が、作業台を拳で叩いた。

「新谷君に、度々問い質されて、お辛い気分だったでしょうね。 」

「違うのだ。最も畏れているのは、新谷君とエクレアの心を深く抉ることだ。核戦争は、政治的問題だ。我々の責任は半分だよ。 」

 プロジェクトを始めて3年。

 ロボット開発にかける情熱だけで、走り続けてきた。

 決して簡単ではない問題を、3人力を合わせて次々に乗り越え、完成に漕ぎつけた。

 だが、この先は様々な思いが交錯し、エクレアを翻弄していくだろう。

「ロボット兵器に、複雑な人間の感情を持たせるなど、愚の骨頂なのかも知れん。 」

「矛盾してますよね。消滅する運命にあるなら、感情などない方が良い。 」

自爆テロで命を捧げる人間には、信念がある。だが、ロボットには……。 」

「2人がKIZAに入りました。帰って来ますよ。笑って迎えましょう。 」

「エクレアを狙う、テロ組織、武器商人なども出てくるだろう。いや。憶測で考えても、気を病むだけだ。村山君の言う通り。2人を温かく迎えるとしよう。 」

 入口に乾いた足音が響いた。

 生体認証を通ると戸が開き、新谷が姿を見せた。

「ただ今帰りました。 」

「ははっ。凄い荷物だな。今夜はぬいぐるみに囲まれて寝るんだな。 」

 エクレアが、沢山の包みを作業台に置くと、3人に向けて深々と礼をした。

「私を作っていただいて、ありがとうございます。今日一日は、私にとって忘れられない日になりました。 」

 大木は涙を噛み殺した。

「なんだい。改まって。これからも頼むよ。君たちは世界を左右するプロジェクトの中心にいるのだからね。 」

「よっ。しゅうっぴ。色男。夕飯にしよう。土産話も聞きたいしな。 」

 いつものように、作業台へ木崎が夕食を運んできてくれた。

「さあ、今日はお祝いだ。しゅうっぴとエクニャの前途に乾杯しよう。 」

 5人で食卓を囲み、ささやかな宴会が開かれた。

「で、これから2人はどうなるんですか。 」

 木崎は詳しいことを知らない。

 ただ、幸せそうな2人を見て、聞かずにはいられなかった。

「次のプロジェクトが始まるから、私と村山君はここに残る。新谷君とエクレアは外で暮らすことになる。 」

「なんだ。そうだったんですね。良かったじゃないか。新谷君。 」

 笑みがこぼれて、皆エクレアを見た。

「自分の宿命は自覚しています。でも、ロボットの人生は、長さではなく密度だと思います。この先何があっても皆さんのことを、私はロボットだから、絶対に忘れません。 」