魔法のクリエイターと言われる理由、お教えします

人は知る。人は感じる。創作で。

【小説】弩級鉄筋乙女エクレア

世界を終わらせる兵器

 

 ついに、世界を終わらせるといわれる、プロジェクトが始まる。

 目的も知らされず、ロボット研究者が3人集められた。

 防衛省管轄の地下施設で、極秘裏に研究が進められる。

 そして、兵器が完成してしまう。

 その名は 「|永久恋愛《エクレア》」

 

「しゅうっぴ、おはよう」

「んっ。

 ううん」

 新谷は、ゴロリと向きを変えた。

 外には小鳥のさえずりが聞こえる。

 エプロンをかけたエクレアは、朝食をテーブルに乗せていく。

 最後の目玉焼きの皿が、コトリと音を立てた。

「ねえ、しゅうっぴったら。

 起きてください。

 朝食ができましたよ」

 ロボット研究スタッフとして極秘任務に就く|新谷 修二《しんたに しゅうじ》には、定時報告が義務付けられた他は特に仕事がない。

 毎日が休日のようでもあり、やりたいことを思い切りできる生活が待っていた。

「おはよう。

 エクニャ」

 防衛省が用意した部屋は、2人暮らしには広すぎるくらいだった。

 3LDKの部屋には、あらかじめ電化製品一式と着替え一式が揃えられていた。

 体一つでやってきて、今朝が初めての目覚めである。

「よく寝たなあ。

 窓から光が差すと、気持よく目が覚めるねえ」

 当たり前の日常。

 もしかすると、一般人よりもずっと恵まれた日常が始まるのかもしれない。

 もう、結末のことを心配するのはよそう。

 エクレアのためにも。

 新谷は心の中でつぶやいた。

「おいしいかな。

 しゅうっぴ」

 エクレアと一緒にいるだけで満たされた気持になる。

 ロボットか、人間かは問題ではない。

 愛とか恋ではなく、自分の中の虚像を投影する対象があれば、人は満たされるのかもしれない。

 反応が、期待通りのときもあれば、ある程度の割合で裏切ることもある。

 その絶妙なバランスが心地いい。

 スパコンで導き出し、ディープラーニングで整えたアルゴリズムを元に動いているはずだが、自分が|騙《だま》されているという感覚はなかった。

リビングにて

 

 スマホを手に取ると、ニュースを確認し始めた。

 研究所にいたときよりも、外の世界に関心が強くなった。

 もしかすると、外を歩いていて事件を目撃する可能性がある。

 ずっと地上で暮らす人からすれば、当たり前だが今まで地下で守られていた部分もあることに気づいた。

「エクニャ。

 これからキミには、一般社会を勉強してもらわなくてはいけない。

 楽しいことがいっぱいある反面、危険もある。

 これからどんなことが起こるか、予測を立てながら行動しよう」

「うん。

 わかったよ。

 私はロボットだって、外で言っちゃいけないんだよね。

 でもよく見ればわかるから、興味本位で集まってくる人がいるかもしれないね」

 新谷はゆっくりと|頷《うなず》いた。

「そうだ。

 まさにそこが当面の問題なんだ。

 人の注目を集めるのは危険だ。

 でも避けられないかもしれない。

 頭の片隅に置きながら行動しよう」

 室内は、まだ生活感がない。

 マンションのショールームのように整然ときれいに並んだソファ。

 キッチンは今はやりの対面で、リビングには立派なダイニングテーブル。

 照明は自動的に切り替わり、掃除は自動でやってくれる。

 何不自由ない生活。

 ロボット研究者として、歴史に名を残すほどの偉業を成し遂げた先に、安息が待っていた。

 普通なら、そうとらえるだろう。

 しかし、新谷の胸の内は熱を帯びていた。

「僕は、安定を望まない。

 エクレアと共に、未来を生きるんだ」

「しゅうっぴ。

 何か言った」

 エクレアが新谷の顔を覗き込んだ。

「いや。

 エクニャは、何かやりたいこととかあるかな」

 言ってから、ちょっぴり後悔した。

 あだ名を考えたとき、とんでもないアイデアの洪水が起こったからだ。

「ううんと。

 買い物、料理、洗濯、掃除、散歩、旅行…… 」

スパコン並みの思考能力で、そういう単語がはじき出されたのか。

 これも、平和利用といえそうだな」

「しゅうっぴは、平和利用にこだわるのかな」

「いや。

 大木さんと村山さんがよく言ってたし、僕もそうするべきだと思う程度だよ。

 考えすぎると、かえって良くないかもしれないな」

外出準備

 

 身支度を整え、外に出ることにした。

 クローゼットには|洒落《しゃれ》た服が揃えられていた。

「今年の流行色は、『カナリアイエロー』『コットンキャンディブルー』『パウダーピンク』『パステルカラー』。

 ロマンチックな花咲く景色を思い描いて、かわいらしいイメージで。

 ヘルシーな肌見せアイテムが人気。

 大胆なカットが入ったアイテムや、ショートなトップスとボトムス。

 普段見せない肩やお腹も見せて、大胆にコーディネート。

 パステルカラーのギンガムチェックでポップにキメるもよし…… 」

 クローゼットの服を分析し始めた。

「ちょっと待った」

 服を何着か持ったまま、エクレアが振り返った。

「えっ」

「流行色と柄はともかくとして、肌の露出は少なめにしよう。

 あまり目立つファッションにしない方がいい」

「そうか。

 目立たないファッションは、と」

「そういえば、原宿の竹下通りを一緒に歩いたんだったね。

 考える基準がおかしいのかもしれない」

「大丈夫。

 この辺りで同年代の女の子が着る服を調べるよ」

 彼女の場合、頭がネットワークに直結しているから何でも調べられる。

「平日の昼間だと、紺のスーツ姿が多いみたい」

 新谷は顔を|顰《しか》めた。

「そうか。

 ここら辺はオフィス街だったね。

 いや、悪いこと言っちゃったな。

 露出しなければ、好きな服着ていいよ」

 エクレアは、ポカンとした顔をした。

「好きな服…… 」

「ないのかな」

「ない」

「やっぱりね」

 結局リクルートスーツで外出することになった。

 研究者肌の新谷も、たまにはスーツを着てみたい気分だった。

「新社会人って感じで、僕たちにピッタリ合うね。

 今日はフレッシュマンでいこう」

 住居はマンションというより、億ションといった方が正確である。

 セキュリティはカードキーで管理され、部外者は一切入れない。

 24時間警備員が常駐し、タレントなどが利用する30階建てタワーマンションの25階である。

 外に出ると、春の日差しが暖かく身体を包む。

 通りには、たくさんのトラックやタクシーが行き交う。

「人間は働いて生きていくんだな」

 ボソリとつぶやいた。

「何? 」

「エクニャには、社会勉強をしてもらわなくてはいけない。

 僕たちの仕事だ」

「うん」

スーパーにて

 

 マンションの1階に小さなコンビニがある。

 オフィスビルとマンションが立ち並ぶ地域なので、飲食店は少ない。

 灰色とベージュ、茶色の壁が続く、落ち着いた雰囲気の街である。

 街灯が規則正しく並び、小さな街路樹が緑のアクセントをつける。

 車が行き交う音が止むことがなく、外には人の気配がいつもある場所だ。

 都会は便利だが、景色に変化が少ない。

「まあ、地下室よりはマシだな。

 スーパーでのんびり買い物なんて、いつ以来だろ」

 新谷は伸びをして、空気をいっぱいに吸い込んだ。

「スーパーって、初めてだから楽しみだな」

 エクレアにも、新谷の開放感が移ったようだ。

 

 無事に買い物を済ませて部屋に戻ると、ため息を吐き出した。

「スーパーの前にいた車、電波を拾おうとしていたな」

 エクレアも、表情を引きしめた。

「私たちに気づいたとは限らないよ」

「そうだね。

 普通のハッカーかもしれないし。

 こちらから電波を出してないから、傍受するものがないはずだ。

 でも一応、大木さんに報告しよう」

 カフェ「KIZA」は、地下鉄で一駅先にある。

 都心に近いから、歩いてすぐである。

 有名な「ステイバックス」を似せた外観で、間口が狭い。

 黒檀のような柱と|梁《はり》が現代的な幾何学造形で街に溶け込んでいた。

「やあ、新谷君。

 目覚めが良さそうだね。

 今日は天気がいいし、上機嫌ってとこかな」

 マスターの木崎は、防衛省「サイバー自衛官」の1人だが、表向きは穏やかな立ち居振る舞いである。

 もちろんカフェで込み入った話はできない。

 近所の若者がふらりと立ち寄った|体《てい》で、にこやかに笑う。

「日光浴もしないと、骨が弱りますからね。

 サプリメントよりも、実体験ですよ」

「へえ。

 君は、論理より実体験を重視する|質《たち》だったかな」

 話が思わぬ方向へ進んだので、一旦黙り込んだ。

「あの」

 エクレアが店内を見まわす。

 モーニングサービスの時間が過ぎ、ちょうど客がいなくなっていた。

「どうかしたかい」

 木崎がにっこりと微笑む。

「『せんみつ』があるのです」

 皆、顔色を変えずに周囲を窺った。

 頭を極力振らずに、注意深く。

 2人は、コーヒーを飲みほすと、秘密の地下室へ降りていった。

 生体認証を受けて、重いドアがゆっくりと開く。

「やあ。

 新谷君。

 早いお帰りだね。

 君たちが恋しいとみえて、大木さんが愚痴ばかり言って困ってたのだよ」

「むむっ。

 そんな風に人を厄介者扱いすると、新谷君がいらぬ心配をするぞ」

 村山は肩をすくめた。

 プロジェクトリーダーの|大木 幸三《おおき こうぞう》は52歳。

 ノーベル賞級の研究者として知られる、ロボット研究の第一人者である。

 もう一人、43歳の|村山 泰正《むらやま やすまさ》は、天才的な数学者として知られ、エクレア開発の中心的な役割を担っていた。

 灰色の壁には染みひとつない。

 スパコンを冷やすファンと、エアコンが唸る。

 殺風景でだだっ広い研究施設が、妙に懐かしかった。

 パートさんに店を任せた木崎も降りてきた。

せんみつ会議

 

 エクレアが口にした「せんみつ」とは、千に三つしか真実がない、という意味の隠語である。

 研究に関わる重要な話し合いをさすことが多い。

「スーパーの前にハッカーがいました」

 新谷は、注意深く言葉を選ぶように報告する。

「ふむ。

 何を掴んだのかな」

 大木の眼差しが、新谷を射貫くように見すえた。

「恐らく、個人で動くハッカーだと思います。

 路上で電波を探しているようでした」

ライブカメラ調整は、解除したのですよね」

 木崎が口を挟んだ。

 研究中は、あらゆるライブカメラの映像を操作して、研究者の素性を隠していた。

 完成した今、新谷とエクレアの映像はそのまま撮られている。

 長期に渡れば、画像を改ざんしていることに気づく者が出てくるからだ。

 大木は重々しく頷いた。

「目立たないように注意してはいますが、僕たちに接触してくる者が出てくるのは、時間の問題だと思います。

 防衛省と、内閣官房の内閣サイバーセキュリティセンター『NISC』に守られているとは言っても、サイバー攻撃を我々も毎日躱してきたのですから」

 村山が笑みを浮かべる。

「新谷君。

 この村山がついている。

 最近は中国やアフリカからのログを見かけるが、一度もヒヤリとさせたことはないぞ。

 心配事は、別のことだね」

 エクレアが、頭を振るジェスチャーをして口を開く。

「外に出たとたん、不正なアクセスログが少し増えた気がするのです」

「それは知っているが

 自然増かも知れないし、まだ注目を集めたと断定はできないぞ」

 大木も頷いた。

「それについては、注意深くデータをとっている。

 すべて過去にログが残っているから、増えたと考えるのは早計だと思う」

「もしも、の話です。

 1つ目は、公衆の面前で犯罪を見つけたときに、動いていいのか。

 2つ目は、攻撃を受けた場合、エクレアの機能が動作するのか」

 村山が唸った。

「外に出て、実際に見たら心配になったのだね。

 深刻な犯罪の場合は、もちろん対処していい。

 ただし、目立つことはしない。

 もちろん兵器は発動しない」

「問題は、2つめだな」

 大木は声を低くした。

「エクレアは、運動能力も装甲の強さも現状世界中にある兵器を凌駕する。

 核を使ったとしても一人で生き残るはずだ」

ガイドラインでは、防衛上重要な事案と判断したら戦闘は許可される。

 犯罪レベルなら、できるだけ静観してほしい」

 木崎が制した。

「ちょっとまった。

 村山さん。

 2人はそんな決まりきった台詞を聞きに来たのだろうか。

 お題目ではなくて、本当のことを話してほしい」

 一同が大木を視線を集める。

「ロボットは、人命を救わねばならない。

 ロボットは、人を傷つけてはならない。

 ロボット基本法のくだりだ。

 法的根拠を問題にしているのではないだろうが、AIの判断に任せる以外にないな」

 村山も頷く。

「すでに、人間が物事の善悪を判断する時代ではない。

 この計画は、間違いがゆるされない。

 要するに、エクレアの判断に任せるということだ」

 新谷がゆっくりと頷いた。

「それを聞きたかったのですよ」

不審な車

 

 翌日、買い物バッグを下げた2人がスーパーから出てきた。

「またいっぱい買っちゃったね」

 満面の笑みで歩道を歩く二人に、黒塗りの車がゆっくりと近づいてきた。

 車道側を歩いていた新谷の横につけると、窓を開けて覗いた顔が大きなサングラスで隠されている。

 ガチャリとドアが開き、スーツ姿の男が出てきた。

 2人は向き直り、思わず身構えた。

 内ポケットに手を突っ込み、エクレアを見据える。

「逃げろ!

 エクニャ! 」

 新谷は男に突進していく!

「ちょっと!

 しゅうっぴ!

 立場が逆だよ」

 エクレアが新谷の前に立ちはだかったので、つんのめって顔をぶつけた。

「ぐわっ」

 したたかに顔面を打ち、額を押さえて座り込む。

 男はしゃがみこみ、新谷の様子をうかがった。

「あの……

 大丈夫ですか」

 名刺入れを手に持っている。

「私は|如月 啓二《きさらぎ けいじ》といいます。

 こちらの女の子が可愛いなと思ってね」

 名刺には「如月プロ 代表」と書かれていた。

「平たく言えば社長です。

 ぜひうちからデビューしてほしいんだけどな。

 君には輝きを感じる。

 世の中が求めるアイドルだよ」

 エクレアにも名刺を手渡し、さらにつけ加えた。

「前向きに考えてほしいんだな。

 連絡待ってるよ。

 そうそう。

 2人はどんな関係?

 恋人? 」

「そういうのじゃないです」

 男は車へ戻り、走り去った。

 呆気に取られていたエクレアは、我に返った。

「どうしよう。

 しゅうっぴ。

 私、ロボットなのに」

「まあ、放っておけばいいんじゃないか」

デビュー

 

「大木さん。

 ほら、面白いものが見られますよ」

 画面にViewTubeが映し出された。

 動画に、エクレアが映っている。

「芸能プロダクションのスカウトを受けて、オーディションを受けたんだそうです」

「うわあ。

 はあ」

 大木は言葉にならない呻き声をあげる。

「なかなか、サマになってますね」

「いいのか」

「まあ、つかの間の休息ということで」

 ショートドラマも演じている。

 徐々に人気を集めていた。

「しゅうっぴ。

 私、この仕事好きだな。

 たくさんの人に喜んでもらえるからね」

 楽屋で新谷は仕事の打ち合わせをしている。

 仕事がどんどん増えて、新しい曲や踊りを次々にマスターしていくエクレア。

 だが、死の商人の魔の手が迫りつつあることなど知る由もなかった。

 

 

この物語はフィクションです